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#2息子  My Son

Photographer 根本忠   Writer 鈴木勝秀   Navigator 吹越 満   吉田 朝

【ストーリー・前編】

うららかな風が吹く庭園で、吹越は静かに紅茶を手に取った。

「今日はこちらでしたか。」
そこに現れたのは吉田。
「やあ。ここに来ると落ち着くんですよ。」
微笑みながら答える吹越。
「青と緑のコントラストですか。」
空と庭園を眺めながら吉田が語る。
「この前のゲーム、楽しませていただきました。」
「ゲーム?」ピンと来ない吹越。
「人生を楽しむコツ。」
「ああ。」ようやく思い出す。
「私も1つ考えてきたんですが。」
「そうですか。それは興味深い。」
身を乗り出す吹越。

「日本語も英語もそうですが、相手を罵倒する言葉に母親を引用したものが多い。本能的なものなのか、あるいは人間には多かれ少なかれマザー・コンプレックスが潜んでいるのか。」
眉を斜めに傾げながら吉田を眺める吹越。
「子供にとって、父親よりも母親の方により密接なものを感じてしまうのは仕方のないことかも知れません。しょせん、男は自分の子供を特定したりはできませんからね。」
吉田の話を聞いて考え込む吹越。
「私の考えたTrap、挑戦していただけますか?」

「もちろん。」にこやかに微笑む吹越。






吉田はモノクロ写真をテーブルに無造作に投げ置く。それには木の下に立つ1人の男が写っている。

「物語は1人の男が会社に辞表を出した日から始まります。その日は彼にとって大きな転機になるのです。彼の名前は押本義弘。現在失業中です。妻の収入に頼らないわけにはいかない状況です。それに、今住んでいる家にしても持ち主が海外出張している間だけ格安の家賃で借りているに過ぎない。しかし、決して無能ではありません。逆に有能すぎるぐらいです。」
空を見上げる義弘の写真。
 
「でも、会社での人間関係は何故かうまくいかない。上司とも同僚ともどうも反りが合わない。そのため、これまでも数回転職を繰り返しています。今日も人間関係の問題で辞表を出してきたんです。」


自宅でモデルガンを手に取り、何度も空撃ちする義弘。
N:どうしても会社のヤツらには堪えられない。私の話なんて聞きもしない。用もないのに私を見る。何か失敗しないか観察している。みんな私の敵だ。幼い頃から世の中の全ての人間が敵だった。
義弘は小学校の桜の木の下に立つ和服姿の母親の写真を眺めた。

N:そんな私にも味方はいる。幼い頃の私を世の中の全てから守ってくれていた死んだ母。そして、母が死んでから私を守ってくれている佳代子。佳代子と結婚して5年になる。私の唯一の味方だ。私は佳代子を守り、佳代子は私を守ってくれている。何度転職しようが、社会のヤツらがどんな目で見ようが佳代子がいてくれれば私はそれで良かった。
部屋はカーテンが締めきられ、電灯もつけいていないため薄暗い。一輪だけ花瓶に挿された赤い花が浮かび上がっている。

N:だが、誰かがそれを邪魔している。私と佳代子を引き裂こうとしているヤツがいるんだ。そうでなければ、佳代子がどうしてあんなことをしたのか説明がつかない。

マンションのドアが少しだけ開かれ、外から明るい光が射している。
N:あのドアの外には敵しかいない。私を苦しめる敵しか。


 
「辞表出してきたの?」静かに夫に尋ねる佳代子。
「ああ、昨日言った通りだ。」それが当たり前であるかのように、明るく普通に答える義弘。
「そう...」あきらめたように、そっと返事をする佳代子。
「それよりお前、病院へ行ったのか?」
「...もういいわ...」悲しそうにつぶやく佳代子。
「どうしたんだ、その格好?」

佳代子は小さな旅行用のカバンを手に持っていた。
「出て行くわ。」
「...どうして?」佳代子の言葉が信じられない義弘。
「どうして?」理由がわからない義弘が逆に理解できない佳代子。

「とにかく、落ち着いて話し合おう。」動揺して手をバタつかせながら話す義弘。
「もう話し合うことなんて何もないわ。あなた私の話なんて全然わかってくれないじゃない。」
「それは...」口ごもる義弘。

「とにかく、私だけでも先に出ていきます。」
 
佳代子は暗い部屋から1人出ていった。
「待って!」
しかし、彼女は戻らなかった。


N:彼は佳代子の行動が理解できなかったんです。自分の唯一の理解者が自分を捨てて出ていくなんて想像もしてなかったんでしょう。

  
モデルガンを手に取り、佳代子の行動の理由を考える義弘。
N:いったい何があったのか?何故佳代子は私を置いて出ていってしまったのか?誰かが企んだに違いない。誰かが私と佳代子の生活を崩そうとしてるんだ。そうでなければ、あの佳代子が私から離れるはずがない。ドアの外にいる誰かが、私たちを引き離そうとしているに違いない。
でも、私にはどうすることもできない。死にたい。コレクションのモデルガンの銃口をこめかみに当てて引き金を引く。激しい耳鳴りが私を閉じこめていく。尚も引き金を引く。引く。引く。引く...

  
義弘はふと顔を上げた。
N:耳鳴りの中で私は人の気配を感じた。辺りを見回したが誰もいない。だが、人の気配はますます強くなる。私は導かれるようにベッドルームに向かった。ベッドルームには私が幼い頃に母に買ってもらった人形を持った宏がいた。



「宏、ずっとここにいたのか?腹減っただろう。ママか?ママは...ちょっとお出掛けだ。それよりすぐご飯にするからな。」
ママァ...泣きそうな声で母親を求める声。
「ママはすぐ帰るから心配するな。そうだ。後でオモチャでも買いに行こうか。」

 
義弘は急いで食事の準備をした。
N:迂闊にも私は宏の存在を忘れていた。私にはどんなことをしても守ってやらねばならない息子がいたのだ。それなのに...
とにかく、宏のためにも佳代子を何としてでも捜し出さなければならない。そして、私たちをこんな目に遭わせたヤツに復讐してやる。
 







「この女性は今津陽子。」

吉田は1枚の写真をテーブルに置いた。
「佳代子の学生時代からの友人です。前の晩に佳代子と電話で話し、義弘の家に佳代子の代弁者として訪れたのです。陽子は、佳代子が義弘に目を覚まして欲しいから家を出たと義弘に説明します。」







「友達面しやがって。お前だろう、俺と佳代子の仲裂こうとしているのは。佳代子に何をした?ええ?あいつに何かあったらただじゃ済まないぞ。」
義弘は陽子の話を全く信用していない。
  
「少し頭を冷やすのね。そんな調子じゃ佳代子2度と帰ってこないわよ。」
義弘の態度に呆れた陽子は、そう言ってきびすを返して部屋を出ていった。

「何ぃ?」
義弘は人形を手に持ちながら歯噛みした。

外は敵だらけだ。
「宏、心配するな。ママはパパが助けるから。」
ママをイジめるヤツは許さない。

 
ドアがゆっくりと開かれた。
  
人通りの少ない路地を1人歩く陽子。背後から忍び寄る人影。ただならぬ気配を感じ、思わず陽子は振返った。
ママをイジめるヤツは許さない。
その人物の顔を見て驚く陽子。







吉田は新聞を取り出し、吹越に手渡した。
「これが第1の殺人です。義弘は誰が陽子を殺したのかわかりませんから、次の日の新聞でそのことを知って大喜びですよ。陽子が佳代子と自分の仲を裂こうとしてるんだと思ってたんですから。あらゆる新聞を買ってきて陽子記事だけを切り抜いて何度も何度も読み返してました。これで佳代子は自分のところに戻ってくる、これで全ては解決だ、自分も宏も助かる、そう思ってたんでしょうね。」
吹越は黙ったまま、新聞を折り畳み、テーブルに置いた。
「でも、佳代子は戻らない。おかしい、義弘はそう思った。」

吹越は煙草に火を付けた。
「もしかしたら陽子には共犯者がいて佳代子は監禁されているのかもしれない。『水野先生もママのこと好きだって言ってたよ。』」
煙草を持ったまま吹越の動きが止まる。吉田はニヤリと笑う。
「その水野という男は先祖代々歯医者の家に生まれ、若いながらに水野歯科医院の院長をしてます。佳代子はそこで事務の仕事をしていたんです。ずいぶんと面倒見の良い男でしてね、それまでも佳代子はいろいろと良くしてもらっていたんです。しかし、義弘は宏のつぶやきで水野に疑いを持った。」







水野に電話を掛ける義弘。
「先生、お願いしますよ。佳代子を返して下さいよ。」低姿勢で哀願する。
「何言ってるんですか。」怪訝な声の水野。
「どこにいるか知ってるでしょう?」
「知りません。こっちが聞きたいくらいだ。昨日突然電話でしばらく休ませて欲しいなんて言ってきたんだから。」

「...嘘つけ。」ボソリとつぶやき、義弘は態度を豹変させた。
「佳代子がアンタの言うこと聞かないもんだから、どこかに閉じこめてるんだろう。」
「切るよ!君は失礼だ。そんなことだから佳代子さんにも逃げられるんだ!」
「逃げられる?」義弘にはそんな考えは思いもつかなかった。

「奥さんがウチで働いてるのだって、アンタに稼ぎがないからじゃないですか。奥さん、よーく嘆いてましたよ。」
「黙れ!」
ツーツーツー、電話は切れた。


パパァ。
「宏、ママはあそこにいる。待ってろ。パパが必ず助け出すから。」
ママをイジめるヤツは許さない。

ドアが再びゆっくりと開かれる。

狭い路地。人形を持つ人影が歩いていく。
 
ママ、待ってて。
水野の病院に辿り着いた。


自宅でオモチャに取り囲まれ、童心に帰って遊ぶ義弘。


  
突然の来訪者に驚く水野。目を見開いたまま彼の動きは永遠に止まる。


ママ、これで安心して戻ってこれるね。


 
数日後、佳代子が家を出ていってから初めて戻ってきた。しかし、部屋には人の気配が全くしない。重たく沈んだ空気が佳代子に不安を運んでくる。
  
居間ではオモチャが壊れて散乱している。台所では飲食物が片付けられず放置されたままである。
 
佳代子は恐る恐る奥の部屋まで行くと、そこにオモチャの瓦礫の中に埋もれている義弘の姿を初めて発見した。







「こうして水野が宏の2番目の犠牲者となったわけです。」吹越に写真を手渡す吉田。
「君らしくないTrickだね。」失望したかのようにつぶやく吹越。
「もうおわかりだとは思いますが、宏なんて子供は存在しません。陽子も水野も義弘が殺ったんです。」
意外にも、吉田はそれをあっさりと認める。
「しかし、義弘には自分が殺したという自覚がありません。犯行の時間の記憶が全くないんです。ま、多重人格者の特長ですな。人が多重人格者になる要因には、人格の形成される幼児期に異常体験を受けた、というのが通例です。幼児虐待とか、レイプ、ソドム...そして父親にさえ指一本触れさせないという異常なまでの母親の愛情というのも考えられます。義弘の場合、異常な愛情を受けた経験を母親代わりの佳代子に求めていたんでしょう。しかし、佳代子は去っていった。そのショッキングな出来事が分裂気味だった義弘に別の人格を形成させたというわけです。」
「話はそれで終わりかね。」淡々と語る吹越。
「いいえ。」底を見せない吉田。
「今日私は人間の心理について話をしているつもりです。」
「人間の心理?それは興味深い。」微笑み、乗り出す吹越。
「残りの話の前にもう一杯いかがですか?」
「いただこう。」


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