| Photographer | 管野 勝男 | Writer | 植竹英次 | Navigator | 吹越 満 | 吉田 朝 | ||||
いつもの庭園で吹越が紅茶を口につけたちょうどそのとき、吉田が登場する。
「今日はここでしたか。」
「やあ。」
「先週はTrapを探して、気が付いたら朝までというのが何日か続きました。」
「そう。」
「今日のTrapも楽しみです。」
「じゃあ、今日のTrapを始めよう。
小説を書くことを職業としている人のエネルギーにはいつも感心する。」
「ええ。到底私ではできそうもない。」
「そんな小説家たちのエネルギーの源は何か、想像できるかい?」
「エネルギーの源?」身を乗り出す吉田。
「それは、人に何かを伝えたいという衝動、自分が考えたことを楽しんで欲しいという願望、それが小説家たちのエネルギーの源になっているんだよ。」
「ほう。」
「今日のTrapはその小説が重要な手掛かりとなる。つまり、小説は何のために書かれたのか、その謎を解いてもらいたい。」
吹越は数枚の原稿を吉田に手渡した。
「第一の手掛かりはこの翻訳前の英語で書かれた小説。この小説の謎を解き明かすことがTrapを解く手掛かりとなるんだ。」
吉田はその表紙を見た。タイトルは"THE
FUTURE"、作者名はALICEと書かれていた。
引き続き吹越は写真を取り出す。
「そして今回の物語の主人公はこの女性、飯田桃恵。彼女は翻訳を生業としている。物語は彼女にこの英語で書かれた小説の翻訳が依頼されたことから始まる。しかし、不思議なことにこの小説の主人公の性格、環境、癖など全てが彼女とそっくりだったんだよ。」
吹越はその原稿を和訳して語り始めた。
「『私はこの小説を書くことで完全なプランを達成させようと思う。例え、どんな労力が必要であろうとも。それが私にとって最大の幸せをもたらすものだから。
』」
桃恵の部屋は海の見えるバルコニーがついている。
N:桃恵がこのALICEという作家の書いたミステリの翻訳を依頼されたのは彼女の誕生日6月3日だった。これは日米で同時出版する短編集の1つで、小説のラストシーンはまだできていないが夜9時にはFAXする、それまでどんどん翻訳を続けて欲しいという依頼だった。
「誕生日に仕事...守もいないことだし、いっか。」
桃恵はフォトスタンドの中の微笑む男を見てつぶやいた。
N:桃恵には守という付き合い始めて2年の恋人がいる。結婚を前提にした付き合いで、守からのプロポーズを待つだけという関係だった。しかし、守は半年前から仕事の都合でロサンゼルスに赴任していた。偶然にも向こうでは桃恵のペンフレンドのセリアと同じ職場で働いているという。しかし、最近守から連絡が来ない。遠く離れて暮らしているが故に、守の心が離れていこうとしているのでは、と桃恵は不安を抱き始めていたんだ。
桃恵は依頼された小説の翻訳を始めた。
午後の日差しが白いバルコニーをなおも白く光り輝かせている。広く開かれた窓から青く輝く海が一望できる。そんな部屋にケリー・アンダーソンは暮らしていた。ケリーは今年28才、恵まれた環境に育ったせいか、清楚なイメージの女性だった。今、ケリーは窓際に面したデスクに腰掛け、タイプライターに向かっている。大きめのカフェオーレカップが日だまりの中、デスクの上で光の輪を作っている。ケリー・アンダーソンは今アメリカでいちばん注目されている翻訳家と賞賛されていた。しかし、一冊の小説が彼女の人生を狂わせることになるとは、そのときのケリーは知るよしもなかった。 |
桃恵は一息つき、カフェオレを飲む。
「翻訳家か...私と一緒...」
ケリーは再び翻訳を始める。通常ケリーはタイプライタで仕事をしている。しかし、机の上にはいつもきれいに削った鉛筆が並んでいる。ケリーはこの先の尖った鉛筆で指先を刺激するのが何よりも好きだった。 |
桃恵の机の上にはタイプライタの代わりともいえるワープロが置いてあり、そして削り立ての鉛筆がその脇にきれいに揃えられている。
桃恵はふと自分の机の状態を見回し、小説と現実の奇妙な一致を初めて意識した。
ケリーの仕事は順調そのものだった。唯一の悩みはフランスにいる婚約者マイケルとの連絡が最近途絶えていることくらいだ。今日はケリーの誕生日。それなのにマイケルからはプレゼントどころかカードすら届いていない。マイケルは忙しいのだろうか?それとも... |
「まさか...私の誕生日なのに連絡もないし...」
N:桃恵は小説に出てくるミッシェルを自分のペンフレンドのセリアにオーバーラップさせ、ロサンゼルスに電話を掛けたんだ。
「ロスは今、夜の7時か...いつもならセリアは帰っているはずなのに...」
結局、電話には誰も出てこなかった。桃恵は翻訳した文章を読み返した。
ケリーは窓際に面したデスクに腰掛け、タイプライターに向かっている。大きめのカフェオーレカップが日だまりの中、デスクの上で光の輪を作っている。 |
周囲を見渡せば、自分を取り巻く環境と小説は不自然なくらいに一致している。
「...偶然よね...」
桃恵は慌てて自分自身を説得するようにつぶやいた。
ケリーは仕事に疲れると、海から優しく吹いてくる潮風を両手を大きく広げ、思いっきり吸い込むことにしていた。そんなとき、彼女の後ろにまとめられた髪が潮風が踊っていく... |
「海から優しく吹いてくる潮風...」
そのとき、彼女の部屋に潮風が吹き込んだ。部屋のカーテンが風で揺れ、彼女の髪もそよぐ。
バキッ、桃恵の指先で鉛筆の芯が折れた。
ケリーがイライラしたときに奇妙な行動を取ることがある。それは、わざわざきれいに先を尖らせた鉛筆を折ることだ。 |
N:桃恵は小説の中のケリーと自分があまりにも似ているので徐々に恐怖を感じ始めてていく。生活環境、癖の他に、小説にはケリーの周りで起こるハプニングも書いてあった。本当に小説に書かれた通りに物事が起こっていくのか、それを確かめに彼女は出かけていったんだ。
ビバリー・ヒルズを抜けて数分歩くと海沿いに面したショップがある。そこでケリーはかねてから探していたネックレスを見付ける。 |
「あ、あった...」
近所の行きつけの店で、小説の通りにネックレスを発見し、驚く桃恵。
ケリーは小説に描かれる自分の数奇な未来に不安を感じていた。このネックレスもまた、誰かの仕組んだ罠なのかもしれない。 |
小説の中の主人公ケリーは翻訳中の小説の文章に脅えている。そんな記述もまた、今の桃恵の心情と合致していた。
「小説の中の主人公ケリーは職業だけでなく、環境や性格まで似ていた。」
「すごく変な気がするんですが...」
「何が?」
「いや、よくわからないんですが...」
「手掛かりは全て小説の中にある。注意深く小説と現実を見比べるんだよ。」
「ああ。」
「先を続ける前にもう一杯どうだい?」
「ええ。」
吉田は元気なく、うなづいた。
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