| Photographer | 渡邉 力 | Writer | 田中 一彦 | Navigator | 吹越 満 | 吉田 朝 | ||||
日差しの強い午後、静かな池の畔で吹越はティーカップを手に取った。
「今日はこちらでしたか。」
そこへ吉田がさっと現れ、椅子に腰を降ろす。
「やあ。」
吹越は笑顔で吉田を迎える。
「先週は手持ちぶさたでしたよ。先週Trapがなかった分だけ今日はいつもより力が入ってますよ。」
指を絡ませ、臨戦態勢の吉田。
「それは楽しみだ。じゃ、Trap始めようか。」
吹越は手帳から一枚の写真を取り出した。1人の黒い衣装を着た男が写っている。
「今回の主人公はこの男、倉本連。教会の主を勤める神父だ。彼は聖職者にふさわしく、性格は真面目で厳格。人間の欲望など無縁のように毎日の生活を送っている。ここ半月ほど体調を崩して通院生活をしている。そして...」
吹越は更に2枚の写真を提示する。それは十字架のネックレスをつけた少女と髪を短く刈り上げた青年の写真だ。
「この子が奈緒子。連の娘で高校生だ。その奈緒子が兄にように慕っている理容師の高林明。この3人を巡って今回のストーリーは進行していく。物語は倉本連のある記憶から始まる。」
頭に手を押さえ、悶え苦しむ連。彼の脳裏には抽象的な光景が目まぐるしく駆けめぐる。様々な色のついた四角形を基調とした幾何学的模様。焦点の合わずぼやけた赤い物体。連は胸に手で押さえ、口を大きく開いて苦痛の表情を見せる。
黒い背景に赤い物体が交差する。ややピントがあったが依然何であるかは不明である。チカチカと四角の構図が現れる。赤、白、黄色、緑...色はわかるが何を示すかは明らかでない。細い緑の線。無表情の女の顔。四角の構図。木の枝越しに教会の屋根の白い十字架。礼拝堂の正面の机に開いて置いてある聖書。マリア像とそこに差し掛かる十字架の影。懺悔する連。四角い構図。赤い物体。苦悶の連。赤い物体。赤い信号。頭を押さえる連。青白い表情の少女。緑の線。四角の構図。赤い物体。...
赤い信号...それは踏切の信号だった。鳴り響く警報。連の意識はそこでようやく現実に戻ってきた。
N:彼は半月前、突然ひどい頭痛に襲われ、それ以来幾度となく、この記憶に悩まされてきた。しかし、彼にはこの記憶に対する心当たりがない。
教会。パイプオルガンの奏でる音楽。赤い服を着た奈緒子は机の前で物憂げに頬杖を突いていた。
N:いったい、ときどき起こってくるこの記憶は何なのか?彼のその思いは奈緒子のある相談を受けたときから事件へと発展していくんだ。
「明から連絡がないの。」
寂しげな表情で奈緒子はつぶやいた。
「明君から?...どうして?」
「明が挨拶に来ることになってて、それで会ったでしょ。その後から全然連絡が取れないの。いなくなったの。」
「いなくなった?」
連は妻の遺影に向かって語りかけた。
N:奈緒子の話によると、今から一月ほど前、明君は結婚の報告にここにやって来た。そして、私たちと会ったらしい。しかし、その後でいなくなり、未だに連絡がないというんだ。確かに明君の結婚の話を聞いたような気もするが、しかし、私はそれ以上のことを覚えていない。何も思い出せないんだよ。
連は奈緒子を幼い頃のアルバムをめくった。
幼稚園時代の奈緒子の写真。ブランコの前での集合写真。
小学校時代。紙粘土を前に級友との写真。
N:君が亡くなった後のことだから、話していなかったのかもしれない。明君は、私が一月半ほど前に奈緒子を養女として引き取った学園にいた子で、奈緒子とはいつも兄妹のように過ごしていたんだ。
明の小学校時代。鳩に餌を与える写真。
中学の制服姿の奈緒子。
花壇の前で屈み、寂しげな姿の奈緒子とそれを心配そうに端に寄り添う連。花壇には一面に赤い花が咲き乱れていた。
N:奈緒子は幼いときから一人だったから、誰かが側にいないとダメな子だった。私にはその気持ちが良くわかる。私にとっての君のように、奈緒子もまた永遠にずっと自分の側にいてくれる人を求めていたんだ。私は奈緒子の父親代わりになりたいと思った。学園での彼女の悲しげな顔が忘れられなかったんだ。だから、私は奈緒子を養女にした。それでも奈緒子にとっては明君の方が近い存在だったらしい。奈緒子は今も静かに明君かの連絡を待っている。それにしても、私は明君と会ったのだろうか?明君がいなくなったという一月前...
連の脳裏には再び、意味不明のフラッシュバックが錯綜する。
赤・白・黄・緑の幾何学模様。青白い女の顔。緑の線。赤い物体。開かれた聖書。マリア像と十字架。踏切。
口をゆがめ、手を胸に当て苦しむ連。苦悶に顔が醜く歪む。
N:この音は...この記憶は...いったい...
連は未だに思い出せない記憶に悩み、十字架を握りしめながら深く祈った。
N:私の記憶と明君の間に何か関係が...あるのか?
N:彼は明のことを考えると甦ってくる、あの記憶が不安になり始める。そして、彼が不透明な記憶を確かめようと日記をめくると、やはり一月前のページは空白になっていた。
彼は奈緒子への配慮と、幾度となく沸き上がる記憶から次第に膨らんでいく自分への疑惑を拭い去るために明を捜すことにした。
明のアパートのドアをノックする連。郵便受けには新聞が溢れかえっている。明はかなりの日数不在のようだ。
続いて、勤め先の理容店を訪ねる連。そこでも手掛かりは何もつかめない。
N:明君のアパートと職場を訪ねたんだ。けど、やはり一月前から彼は行方がわからなくなっていたんだ。以来何の連絡もないという。
理容店から出ようとしたとき、連は壁に幾何学模様の絵が掛けられているのを見付ける。それは彼の記憶にしばしば登場する赤・白・黄・緑の模様だった。

N:この絵は...?色...!
連の記憶に象徴するかのように、ひげ剃り用の泡立ての中で、白い泡の中に赤い血のようなものが浮かび、それを黄色い柄の泡立て棒で混ぜる、そんな映像が飛び込んでくる。
N;許されざる罪だということは十分に承知している。しかし、私には自分の記憶が理解できないんだ。何か手掛かりになるものが欲しかったんだよ。それよりも何よりも、私は奈緒子を傷つけまいと極力干渉することを避けてきたからだろうか、あれほど奈緒子が慕っていた明君と奈緒子のことを私は今までほとんど何も知らなかった。その2人のことを書いた明君の手紙が奈緒子の部屋の机の中にあったんだよ。
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奈緒子様 |
連の脳裏にまたフラッシュバックが起こる。それは徐々に彼自身への疑惑を深めていく。
N:奈緒子と明君が?そして、それを知った私が?
連の犯罪を非難するかのように、森の中で両手を広げ体全体で十字架を作る奈緒子の姿が、新たに連の記憶に混じってくる。
N:まさか私が...私が明君を?
教会の棟の白い十字架。懺悔室にこもる連。
N:私が殺したのか?一月前に何があったんだ?教えておくれ、私には君しかいないんだよ。私は何も...何も思い出せないんだ。
奈緒子の姿が連の脳裏に現れ、彼の罪を責め続ける。
「どうだい、ここまでの話でTrapはわかったかい?」
「神父の連は本当に明を殺したのか?もし殺してなかったとしたら、あの記憶はどういうことなのか?今推理しているとこですよ。」
不適に笑う吉田。
「それではここでヒントを1つ。この写真を」
それは、うつぶせの奈緒子の上に更に連が倒れ込んだ写真である。2人とも事切れている。
「こ、これは?連と奈緒子の死体の写真じゃないですか?どうして?」
驚く吉田。
「どうしてだと思う?」
「殺された?」
「答を出すにはまだ早い。私のこの物語にはまだまだ続きがある。その前にもう一杯どうだい?」
吉田は黙って頷いた。
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