| Photographer | 大村 アツシ | Writer | 高山 直也 | Navigator | 吹越 満 | 吉田 朝 |
川辺のほとりで吹越が紅茶を飲んでいる。そこへいつものように吉田が登場する。
「お待たせしました。」
「やあ。」
「今日はどんなTrapで楽しませてくれるんです?」
「君は<雪山山荘もの>という推理小説のパターンを知ってるかい?」
「ええ、雪深い山荘とか絶界の孤島といった外界から隔絶された場所で起こる殺人事件のことでしょう。」
「そう。有名なところではクリスティの『そして誰もいなくなった』なんてのがある。」
「マニアにとっては堪えられないシチュエーションだ。」
「殺人者にとってもね。」
吹越の刺激的な言葉に吉田はギョッとする。
「今日はまさにそういった状況下で起こった殺人事件の謎を君に解いてもらいたい。即ち、犯人は誰か?」
「いいでしょう。受けて立ちますよ。」
「ありがとう。それではまず第一の手がかりだ。」
吹越は1枚の写真を取り出した。それは、5人の若い男女が水辺のほとりに立っている集合写真である。
「彼らは某大学の音楽サークル『G-STRINGS』の面々で間近に迫った演奏会のためにその山荘で合宿をすることになった。」
「なるほど、そこで事件が起きるわけですね。」
「いかにも。彼らの1人が残した手記と数枚のスナップ写真、その中に隠されたヒントをたどっていけば必ず犯人は分かるはずだ。物語はこの手記の記録者の回想という形で始まる。
『とうとう僕たちだけが残った。まさか楽しいはずの合宿でこんなことが起きようとは、いったい誰が予測しえたであろうか。しかし、最後の瞬間が目の前に迫った今、僕はこの山荘でこれまでに起きた出来事の全てをできる限り詳しくここに書き記しておこうと思う。たとえ生きてここを出られぬ運命にあったとしても・・・』」
4月10日 午前11:40 |
「泉、良子目が悪かったんだ。」
メンバのリーダ的存在の拓也は泉に話し掛けた。
「知らなかったの?拓也。彼女すごい近眼なのよ。コンタクトなしだと1m先のものも見えないんだって。」
「あら、みんないたの?」
そこへ眼鏡姿の良子がダイニングに戻ってきた。
「なんだよ、いたら悪いのか。」
「いや、別にそういう訳じゃないんだけど。車のボンネットが開いてたから、私てっきり外に誰かいるものだと。」
「え?何だって?ボンネットが開いてた?」
とぼけたキャラクタの正人も真顔になった。
「うん、今廊下の窓から見たら。」
「まさか、泥棒じゃないでしょうね。」
表に出て車に駆け寄る面々。車のエンジンは何者かにより滅茶苦茶に破壊されていた。
折しも空から雷鳴が轟いた。これからの運命を暗示するかのように。
さっきまでの軽々しい雰囲気とは一変して、誰もがことの重大さに気付いた。麓から遠く離れたこの場所では車こそが唯一の生命線なのである。だがこのときの僕たちは、これが後に起きるであろう悲劇の発端とは誰一人として考えてもみなかった。 |
「今日の午後、紀伊半島に上陸した台風6号は勢力はやや衰えたものの、ゆっくりとした速度で北北東に進んでいます...」
ラジオは季節外れの台風の情報を伝えていた。
「この分じゃ、修理を頼んでも来てくれねぇな。」
「もし何かあったら困るよな。」
「でも、いったい誰があんなことを?」
「推理小説だとだいたいこの後で第一の殺人が起こるのよね。」
「やめてよ!縁起でもない。」
「とにかく、明日いちばんで麓に連絡しよう。」
泉の言葉ではないが誰しも似たような不安を感じていたに違いない。タチの悪いイタズラ、そう結論付けてしまうにはあまりにも手口が陰湿すぎた。そして、彼女の言葉を裏付けるかのように悲劇の幕は切って落とされたのである。 |
パリン!突然コーヒーカップが落ちて割れる音が鳴り響いた。
「うえぇ。」そして低いうめき声が。
ざわめく一同。倒れたのは賢だった。
「大丈夫か?」
「おい、どうした?」
「泉、救急車!」
「賢!どうして?」
「しっかりしろ、賢。」
「まだ通じないのか?」
「通じないの...壊れてるのよぉ!」
「おい、しっかりしろ!」
初めは、いったい何が起こったのか、誰一人として理解することができなかった。ようやく事態を把握してもみな一様にどうもしない、なすべきことがわからなかった。ただ口々に賢の名前を呼び続け、死の淵へ落ちていく彼を見つめるだけだった。 |
「じゃあ、賢は殺されたというの?」
「ああ。おそらく使われたのは青酸化合物だろう。薬科の授業で習った症状と同じだったからな。」
「賢は自殺するような奴じゃないし、ポケットや荷物を調べたけど毒薬を持っていた形跡はないしな。」
「それじゃ、私たちの中の誰かが?」
「それは考えられない。第一、動機がないじゃないか。」
「そうだよな。もし俺が犯人だったらこんなところで人を殺したりしないよ。お互い知らない仲じゃないんだから、すぐに疑われてちまう。」
「そうだな。犯人は第3者と考えた方が自然だよ。」
「でも、賢はこの中で死んだのよ。」
「あらかじめ忍び込んでカップに毒を塗っておいたとも考えられるじゃないか。」
「でも、賢があのカップを使うとは...」
「関係なかったのさ、犯人には。奴は少なくとも賢だけを狙ったんじゃない。おそらく俺たち全員を...」
「じゃあ、車や電話を壊したりして動けなくしたのもそいつなのか?」
「そんな...じゃあ私たちどうすればいいの?」
「しっかり戸締まりしよう。」
「そうだな。奴を締め出しちまえば、この嵐だ、直に退散するさ。」
とってつけたような冷静さ。誰もが落ち着きを装うことによって不安と戦っていた。一心に外部犯行説を唱えることで他人との絆を求めようとした。 |
「これでこの山荘の安全は確保されたわけだ。もうすぐ夜が明ける。とりあえず一休みしよう。」
「でも、みんな一緒にいた方が安全じゃない?」
「大丈夫よ、ちゃんと戸締まりしたじゃない。それにもし、どこかこじ開けて入ってこようなら嵐の音ですぐわかるわ。」
「ああ、それよりいざというときのために体力を蓄えておいた方がいいしな。」
「嵐が治まりかけたら、歩いて山を下りよう。」
だが、僕たちはこの後、泉の提案を受け入れなかったことを後悔することになる。何故なら良子の無事な姿を目にしたのは、これが最後になってしまったからだ。もちろん、彼女を殺した犯人は別にして。 |
コンコン、良子の部屋のドアをノックする音がした。
「ああ、どうかした?」
その人物は部屋に入ると黙ったまま、すぐさま行動に取りかかった。
「まさか...あなただったの?」
長い棒が良子の頭上に振り下ろされた。
皆が駆けつけたとき、良子は額から血を流した状態で死んでいた。
死体の第一発見者は泉。各自部屋に引き上げてからまもなくの午前4:20のことだった。隣室の異常を感じて駆けつけると既に殺された後だったという。凶器は暖炉用の火掻き棒。つまり我々全員に持ち出すチャンスがあったというわけだ。 |
「『あなただったの?』か...」
「間違いなく良子はそういったんだな?」
「そうよ、さっきから何度も言ってるでしょ。」
「ということは...」
「ああ、信じたくはなけどな。」
「冗談じゃないわ。どうして私がこんなことに巻き込まれなければいけないのよ。」
雷鳴が轟く。泉は堰を切ったように思いをぶちまけ始めた。
「そんなに殺し合いをしたかったらね、私だけ殺ればいいでしょう!」
「何言ってんだよ。お前が犯人なんじゃないのか?」
「何ですって、私が2人を殺したというの?」
「あり得るだろう。賢の飲んだコーヒー入れたのお前なんだし。」
「だったら拓也の方が怪しいじゃない。医学部の学生なら毒薬ぐらいいつでも持ち出せるでしょう。」
「なんだと!」
「拓也、お前なのか?」
僕たちはこれまで耳にしたことのないような言葉で互いを罵り、疑惑の思いをぶつけあった。何故なら、そうすること以外に迫り来る恐怖から逃れる術はなかったからだ。 |
「どう?もう分かったでしょう。」
「いや、いくつか気付いた点はあるんですが、彼らのうちの一人を特定するまでには。」
「可能性では考えてみた?」
「ええ、やはりいちばん有力なのは森村泉じゃないかと。第一の殺人のとき被害者にコーヒーを入れたのは彼女だし、第2の新田良子殺しのときには彼女は被害者の隣室にいたんですからね。」
「だけど彼女は犯人じゃない。正確に言えば彼女が犯人であるはずはない。」
「どうして?」
「なぜなら、その森村泉こそ3人目の犠牲者だからさ。」
吹越は泉の殺害現場の写真を取り出した。
「斜め上方から心臓を一突き。声を出す間もなく殺されている。記録によれば、死体が発見されたのは翌4月12日午前5:10。」
「それじゃ、犯人は残った黒岩拓也と中川正人の2名のうち、その手記の著者でない方ということになる。」
「だが、この記述では著者を特定することは不可能だよ。」
「すると?」
「まあ、先を続ける前にもう一杯どうだい?」
「え、ええ。」
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