#5浮遊  Float

Photographer 山口 均   Writer 鈴木 勝秀   Navigator 吹越 満   吉田 朝

【ストーリー・前編】

新緑を眺めながら吹越は紅茶を飲んでいる。カップをテーブルに置くとちょうど吉田の姿が現れる。
「今日はこちらでしたか。」
「やぁ。」
「先週の写真のTrap楽しませていただきました。今日はどんなTrapで楽しませてくれるんですか?」
「君は殺人犯の心理というのを想像したことがあるかい?」
「殺人犯の心理?」
「そう、殺す側の心理だよ。殺される側の心理、つまり恐怖感は容易に想像できる。自分に置き換えられるからね。」
「ええ。」
「しかし、殺す側の心理というのは想像しにくい。それだけ、興味深い。」

「まぁ、確かに。知ってみたいとは思いますが。」
吹越は手帳から写真を取り出した。広いプールの真ん中で、うつぶせで両手を大きく開いた状態で浮かんでいる男の写真である。
「今日のTrapは殺人犯の心理を理解することが重要な手掛かりとなる。そして、この男が何故プールで死んでいるのか、それを解き明かしてもらいたい。」
吉田はじっくりと写真に見入る。
「溺死しているんですね。」
「いいかい。殺人犯の心理を理解するんだ。そうすれば必ずTrapは解けるはずだ。」
吉田はコクリとうなずく。
「物語は廃墟と化した工場の一室から始まる。」






廃工場の一郭に1人の男が居を構えている。部屋はバスタブ、ベッド、テーブル、イスぐらいしか置いていないシンプルなものだ。男はバスタブに身を横たえ、瞑想に耽っている。
N:この男が今回の主人公・和也。彼は今ジョン・リリーという科学者が考案したフローティングというリラクゼーション一種を楽しんでいる。彼は幼い頃から他人とのコミュニケーションがうまく取れないでいた。だから、自分の孤独な気持ちをフローティングで癒しているんだよ。和也にとって言葉は煩わしいだけものだった。彼はホモデルフィナンス、簡単にいうとイルカ人間になりたいと思っている。意思と意思で会話することに憧れているんだよ。幼い頃から言葉で失敗した経験上、彼は1人での生活を好んだ。ある女を除いてはね。

テーブルに頬杖をついて微笑む女の写真。
N:そして、もう1人の主人公・友紀。彼女は以前和也と一緒に暮らしていた。和也が唯一言葉を使わずに愛を感じた女がこの友紀だった。友紀は和也の永遠の愛の対象だったんだ。しかし、和也は突然友紀の元を去った。自分の愛を封印するためにね。

友紀の向かいで一緒に談笑している男の写真。
N:その後友紀はこの村上健と暮らし始める。健は和也の後輩だった。2人は和也がいなくなってすぐ同棲を始めている。健は和也に対して何か負い目のようなものを感じていたんだ。

「和也さん、どうしているかな?」
「そうねぇ...」
「俺たちのこと、和也さん知らないんだ。」
「うん。まだ知らない。」
「そうかぁ...」
「もう会うこともないだろうし。知られたら知られたよ。」
「でも、何か裏切っているようでな。」
「どうして?もし和也が私たちのことを知ってもそんな風には思わないわ。」
「そうかな。」
「そうよ。」

和也はバーに訪れる。カウンタでカクテルを1人で飲んでいる。
N:和也は友紀の元を去ってから愛に乾いた生活をしていた。人が何故異性を愛するのか。何故人を愛おしく感じるのか。愛すると幸せな感情に浸れるのは何故か。今の和也には理解できないことだったんだ。和也は真実の愛を実は誰よりも探し求めていたのかもしれない。そんな殺伐とした生活にもピリオドが打たれる日がやって来たんだよ。

和也はカウンタの奥に黄色いドレスを着た女がいることに気付いた。
「...何だ?...友紀?...」
バーでは交響曲がBGMで流れていた。
「あなたの目変わっているわね。」
女もまた和也に関心を示した。
食い入るように女を見つめる和也。
「どうしたの?」
「...いや...」

N:和也は女に友紀の面影をダブらせたわけではない。和也は今までに会った女とは一種違った感触をこの女に感じたんだ。これなら愛せるかもしれない、この女なら愛というものを理解できるかもしれない、ってね。でも、この女の何が和也にそう感じさせたのかは、和也自身にもわからなった。事件が起きるまではね。


The 1st Murder 〜愛のめざめ〜

和也は女を自分の「城」に招き入れた。
「...(はぁはぁ)暑いな...」
「え?」
「...」
「目が怖いのよ、目が。」
「...」
「何よ?」
「...」

和也は言葉を使わないコミュニケーションを女に求めたが、女は全く理解ができなかった。

N:この女も他の人間と同じだ。本当の愛を感じさせてくれる女だと思っていた和也は失望し始める。今までの女と変わったところといえば、異常な性癖があったことぐらい。和也にとって女は急に汚れた存在になっていった。そんなとき事件が起こったんだ。

女は甘えて和也にしなだれかかる。
「ねぇ...ちょっとでいいから...首...締めて...」
「え?...」
「お願い...早く...」

和也は戸惑いながらも女の言うがままに手を首に添えた。
「そう...そう...う...」
女はそれ以上声を挙げることなく、静かに横たわった。
「...ねぇ...どうした?...」
和也の呼びかけに女が答えることは2度となかった。

N:あくまでも不慮の出来事だったんだよ。でも、和也は女を殺してしまった。この事実を隠さなくてはならない。しかし、このとき彼には1つの感情が浮かび上がったんだ。それは和也にとって愛を確かめるための神聖な儀式の始まりだった。

和也は死んだ女の指にマニキュアをつける。ヘッドフォンを女の耳につける。音楽はバーでかかっていた交響曲だ。
「...俺たちの出会いの曲だ...綺麗にしてやる...」
女に口紅をさす。そして、廃工場の敷地の一郭に穴を掘り、女を埋葬する。
「...愛だ...」
和也は木材を十字に交差させて作っただけの簡易の墓標を立てた。

N:和也は言葉のいらない、自分なりの愛の形、愛の表現手段を死体を埋葬する儀式の中に感じたんだよ。彼にとって死体と過ごした時間は愛する女と分かち合った純粋な愛の時間だったんだ。


室内プールに友紀が1人やって来た。彼女はそこで泳いでいる和也の姿を見付ける。
「和也?!」
「...友紀...」
「どうしてたの?」
「...」
「探したのよ。」
「...」
「ねぇ、何とか言ってよ。」
「...好きな人が...いたんだ...」
「...え?」
「...水と...化粧と...音楽が...好きな人だった...」
「ふーん。そんなこと話すの珍しいわね。」
「...」
「じゃあ、今度...今度会わせてよ。」

「...」

N:友紀との再会の喜びより、和也は新しい愛を求めていたんだ。彼の愛は愛し始めたときに終わってしまうものだからね。あのときの興奮、あの瞬間の快楽、あの人との愛が和也は忘れられない。もう一度人を愛したいと願い始めるんだ。そして、再び和也は街を徘徊する。


The 2nd Murder 〜愛の確立〜

煉瓦造りの建屋の影で和也は白いドレスを着た女を絞殺した。
「...(はぁはぁ)暑いなぁ...」
女の耳にヘッドフォンを付ける。流れたのは交響曲だ。
「...良い曲だろう?...」
女の爪にマニキュアを付け、口紅をさす。
「...綺麗だよ...」
前の女の墓標の隣に、新しい十字架が並んだ。
「...やっぱり愛だ...」






「和也にとって殺人は愛の行為なんですね。それが殺人者の心理なんですか?」
「殺人そのものではない。死体と過ごす時間といった方が的確かもしれない。」
「どちらにしろ、『人を愛する』=『殺人』というのが彼の愛の形なんですね。」
「どうだい、犯罪者の心理はわかりかけてきたかい?」
「いや、全く。」
かぶりを振る吉田。
「愛情にはその人を自分のものにしたい、という束縛は少なからずある。」

「確かに自分以外の人に奪われたくない気持ちはありますね。」
「しかし、愛している人の全てを束縛することはできない。その人が生きている以上は限度はある。いくら相手が好きだと言っても 言葉じゃどうとでも言えるし、それにもともと和也は言葉というコミュニケーションを信じてはいない。ホモデルフィナンス、イルカのように心の中のテレパシー的なコミュニケーションに憧れていたんだからね。」
「すると和也にとって、完全に相手を自分のものにするには...」
「そう、相手を感情も意思もないものにする。つまり、死体にすることでコミュニケーション不要の愛を育むことができる。」
「しかし、それはコミュニケーションとは言わない。相手に意思がないんだから、和也との意思の疎通もないわけだし。」

「そう、和也もそのことを悩み始めるんだ。」






廃工場の一郭の和也の部屋に友紀が訪ねてきた。
「和也、いる?」
「...」
和也は返事をしない。友紀がそのまま部屋の中に入っていくと、フローティングをしている和也の姿があった。
「いるんだったら返事をしてくれても良いじゃない。」
「...」
「和也。」
「...」
「私も好きな人ができたの。」
「...」
「どんな人か聞かないの?」
「...」
「変よ。」
「...」
「別に隠していたわけじゃないけど。」

和也は突然、ひとことずつ話し始める。
「...水に...」
「え?」
「...水が...冷たくて...気持ち良いぞ...」
「とっても良い人なの...」
「帰れ!」
突然、声を荒げる和也。だが、すぐにいつもの静かな語り口に戻る。
「...この水に...この水に触れるな...」

N:友紀の告白により和也にある変化が生じたんだ。友紀が健を愛している。どうして自分ではないのか。どうして自分を愛してもらえないのか。愛するだけでなく、愛されたいという感情が生まれたんだよ。人に愛されるということがどういう感情なのかを知りたいと思い始めたんだ。


The 3rd Murder 〜愛の逆転〜

バーのカウンタで和也は赤いドレスを着た女と知り合う。自分の部屋に女を連れていく。
「あれ、何?気持ち悪い。」
2つの墓標を気味悪がる女。
「...俺が...俺が愛した女だ...」
和也は女の首を絞め、吊し上げた。
「...わかるだろ?...今度は...俺が...聴くから...」
首を絞め続けられて、女は近くにあったオーディオのアンプを無意識に掴んだ。ボリュームが上がり、交響曲が部屋中に響き渡る。
「愛してくれ...殺してくれ...なぁ...」
「...生きたい...」
それが女の最期の言葉だった。
「...どうして...みんな...愛したのに...」






「和也の気持ちがわかるかい?」
「今度は殺されたくなったわけだ。」
「殺されたいという感情の前に、和也は愛されたいんだよ。」
「愛されたい、ねぇ。」
「人は彼のことを連続殺人犯だと思う。確かに人を殺しているから殺人犯なんだが、彼は人を殺しているとは思っていない。愛しているという感情しかないんだよ。」
「あなたが今日始めに出したTrap、この写真は愛された和也の姿ということなんですか?」
「まぁ、そう先を急がずにもう一杯どうだい?」

「はぁ。」
吹越はティーポットを手に取った。


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