#3.いちばん好きな人に  I Love My Sweetheart

Photographer 渡邊 力   Writer 伊藤 正宏   Navigator 吹越 満   吉田 朝

【ストーリー・前編】

新緑の映える庭園で吹越は紅茶を飲み、たたずむ。吉田が現れ挨拶をする。
「今日もこちらでしたか。」
「やあ。」
「この前の写真のTrap解いていただけましたか?」
「楽しませていただきましたよ。じゃあ、今日は僕が考えたTrapに挑戦してみますか。」
「ええ、そのつもりです。」
「今日の物語の主人公はこの小倉伸一。」
吹越は一枚の写真を取り出し、吉田に手渡した。
「まあ、どこにでもいる大学生ですよ。彼はそれまで実に平凡な生活を送っていた。地方の中流家庭に育ち、なんとなく大学に入り、恋に落ちる。平凡を絵に描いたような生活、そのはずだった。,,,事件が起こるまではね。」
吹越はもう一枚写真を取り出した。それはベッドに横たわる女の死体と、そこに立ちつくす小倉の写真だった。
「物語はその小倉伸一が女の死体を発見したことから始まる。」
更に吹越は女の顔の写真を取り出した。安らかな死に顔である。
「死体の彼女は永井洋子。小倉のサークル仲間であり、小倉が心の底から愛している恋人でもある。小倉は今自分がどういう状況に置かれているか理解できない。部屋に行ったら彼女は死んでたんだからね。現場には何故か彼女の写真が散乱していた。その中から写真の裏に書かれたメッセージを彼は見付けたんだよ。」






N:「いちばん好きな人に殺され」...いちばん好きな人?俺じゃない!俺は殺してない!
...罠?でもこの文字は洋子のものだし...
ここにいてはまずい!今の状況で俺が犯人にされてしまう。


N:彼はダイイングメッセージと散乱していた写真を持ってマンションから飛び出して行った。

N:洋子が死んだ。いや、殺された。いったい誰が?...洋子を恨んでいた奴...高野?俺と洋子の関係を知っているのにしつこく洋子に言い寄っていたのはアイツだ。でも、洋子のいちばん好きな人ではない。いちばん好きな人...俺以外に洋子のいちばん好きな人がいるのか?そんなはずない。俺たちは愛しあってたんだ。絶対にそんなことは...
あのメッセージは誰かが俺に罪を着せるために仕組んだ罠?そうだ、そうに違いない。...とすると洋子を恨み、俺にも恨みを持つ奴...高野だ!アイツに違いない。あまりに洋子にしつこく言い寄っていたから、一度殴り飛ばしたことがある。


N:小倉は一月前の出来事を思い出し、高野が犯人ではないかと推理した。推理したというよりは、高野が犯人であって欲しいと願ったという方が正しいかもしれない。洋子が好きだった男が自分以外にいたなんて認めたくなかったんだろうね。小倉はとりあえず高野に会おうと考え、高野のマンションに向かったんだ。

小倉は高野のマンションの入り口まで行ったが、そこに警官がいることに気付いた。
N:やばい。警察の捜査が高野のところまで及んでいる。すぐに俺のところにも...しかし、警察はあのメッセージの存在を知らない。とすると俺だけを追ってるはずはない。
もう一度、もう一度冷静になって考えよう。まず事件を振り返ろう。俺が洋子のマンションに行ったのは午後2時ぐらい。ドアは開いていた。おかしいと思って急いで中に入ってみると洋子は倒れていた。そのときの部屋の状況は争った形跡はなかった。それはあの穏やかな死に顔からも様子は伺える。ただテーブルの上には無数の写真、その中の1枚の写真の裏に『いちばん好きな人に殺され』とのメッセージ。洋子の筆跡に間違いない。
待て、写真もメッセージの一部と考えられないか?瀕死の中、洋子は犯人を特定するため写真を使おうと考えた。近くにあったアルバムの中から犯人の写真を取り出し、メッセージを書いた。それなら散乱した写真も説明が付く。
伸一はメッセージの書いてある側を裏返し、表の写真を見た。そこには見知らぬ男と、その腕に抱きつく洋子が写っていた。
N:こいつが洋子のいちばん好きな人?そんな嘘だ!そんなはずない。違う、絶対に違う!






吹越はタバコをふかしながら語る。
「小倉は自分以外に洋子が愛した男がいたなんて信じたくはなかった。どうだい?Trapは解けたかい?」
「いや。でも、この殺人現場の写真が妙に気になるんですよ。この中にヒントが隠されているような気がして。」
「いいところに気が付いたね。」

その言葉に、吉田はうれしそうに反応する。
「やっぱりそうですか。洋子の死に顔はやけに穏やかだし、笑みさえたたえているようにも見える。それにこのピアス、何かTrapの臭いがするんです。」
「なるほどね。」
「それにあなたは今回のTrapを、小倉が洋子の死体を発見するところから始めている。小倉が犯人かもしれないという可能性を残している。意外な犯人がいるとすれば、小倉ということになるんですが。」
「しかし、君は何故小倉が犯人なのかわからない。Trapがどこに仕掛けてあるのかもわからない。」
「ええ。」
力無く頷く吉田。
「話を進めてもいいかい?」
「ええ。」
吹越はタバコを灰皿に押し当て、火を消した。そしてもう1枚写真を取り出した。
「ここで新たな登場人物が1人。小倉たちのサークルの仲間の1人である横山瑞恵だ。高野の家から逃走した小倉は警察の捜査から逃れるために、サークルの仲間が集まるという通称『隠れ家』に向かう。そこでこの横山瑞恵に偶然出会ったんだ。」






瑞恵は隠れ家で新聞を読んでいた。そこへ小倉が現れた。
「小倉君、まさか...」
「俺じゃない、俺じゃ。」
「でも、新聞に。」

小倉は瑞恵から新聞を受け取り、読んでみる。
「『女子大生殺される。目撃者の証言から、警察は現場から逃走した赤いジャケットを着た男を重要参考人として捜索中。』...誰かに、誰かに見られたのか?」
「どうして?」
「俺じゃないんだ。何気なく洋子の家に行ったら、既に洋子は誰かに殺されてた。俺が行ったときは死んでた。ホントなんだ。」
「じゃあ、何故逃げたの?」
「実は洋子が書いたメッセージがあったんだ。」
「メッセージ?」
「洋子は死ぬ間際に犯人を教えようと『いちばん好きな人』というメッセージを残していたんだ。」
「いちばん好きな人?」
「でも俺は犯人じゃない。」
「じゃあ...」
「この写真に写っている男がいちばん怪しい。でも信じられないんだ。俺以外に...
それに高野も怪しいと思うんだ。」
「高野君?」
「もし、このメッセージが俺に罪を着せる偽装工作だと考えると、洋子と俺を恨んでるアイツは奴しかいない。」
「テーブルの上に散らばっていた写真の中に高野君の写真もあったの?」
「いや、わからない。」
「小倉君は高野君が犯人だと思いたいんじゃないの?自分以外に洋子が好きだった人がいたとは思いたくないんでしょ?
私この前まで洋子と暮らしてたからわかるけど、洋子、小倉君が思っているような娘じゃないよ。」


N:瑞恵はゆっくりと言葉を選ぶように俺に知らなかった洋子について話し始めた。生前の洋子は異常なほど交際関係が広かったことを。そして、その男たちほとんどと肉体関係を持っていたことを。俺もそんな男たちの1人に過ぎなかったことを。

「言わなかった方が良かったでしょう。」
「嘘だ。」
「そう思いたいのは私だって同じよ。」
「じゃあ、この男が洋子がホントに好きだった男なのか?コイツが...」
小倉はそのとき、写真に何かを見付けた。それは写真の右側に次の写真が重なって写っていた。そこには高野の顔が写っていたことである。
「瑞恵ちゃん、この写真を見て。ここに、ここに高野が写ってる。やっぱり、洋子は高野が犯人だということを俺たちに知らせたかったんだ。俺、もう一度高野のマンションに行って来る。」

「待って。高野君に会うのはやめて。」

N:このときの小倉の気持ち、わかるかい?洋子の行動を否定できることがうれしくてしょうがなかったんだよ。
小倉は再び高野のマンションに向かった。しかし、高野はいなかった。そこで、小倉は高野の留守番電話に脅迫めいたメッセージを残したんだ。高野のマンションの近くからね。

「高野、小倉だ。お前が洋子を殺したことはわかっている。お前は知らないかもしれないが、洋子はお前が犯人だというメッセージを残してたんだ。今夜、隠れ家でお前を待つ。俺を殺そうと思っても無駄だ。瑞恵が一緒だからな。」
高野はその留守録メッセージを聞き、行動を取ることを決意した。

N:洋子、俺が犯人を見つけ出してやるから。とにかく、高野が犯人かどうか確かめなくては。もし違っていたとしたら...
小倉は交差点で不意に何者かに後ろから押し出された。そこへクラクションを鳴らしながら車が突っ込んで来た。
「ウワーッ!」
 






「小倉は奇跡的に助かった。殺人者が強く押し過ぎたんだよ。しかし、小倉は逃げるように交差点から去った。こんなところで警察に捕まってはたいへんなことになるからね。どうだい、Trapはわかったかい?僕はいろんなところに手掛かりになるTrapを仕掛けておいたんだがね。」
「いや。」
「では、続きを話す前にもう一杯どうだい?」

「ああ。」


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