| Photographer | 大村 アツシ | Writer | 田中 一彦 | Navigator | 吹越 満 | 吉田 朝 | ||||
庭園には強い風が吹いている。テーブルクロスが風ではためいていたが、吹越は何事もないかのように、いつもと同様に紅茶を悠然と飲んでいる。吉田もまた普段と変わりなくサッと現れ、早速席についた。
「もういらしていたんですか。」
「やあ。今日はとっておきのTrapを思いついたんで、君を待ちきれなくてね。」
「それは楽しみだ。どんな物語なんです?」
「今回は人間のアイデンティティに関する物語なんだ。」
「アイデンティティ?」
「例えば、このネクタイ。僕はいつもネクタイをしている。そして君はアスコットをしている。」
「ええ。」
「僕たちは自分のスタイルを作ることで自分らしさを証明し、自分と他人を差別化して生きている。」
「なるほど。今回はアイデンティティを犯罪に求めた者の物語なんですね。」
「飲み込みが早い。」
吹越は一枚の写真を取り出した。そこにはオフィスでデスクワークをする人たちが写っていた。
「物語はあるミステリ番組を制作していたTVのスタッフの間で起こる。」
TV局のオフィスルーム、長い廊下。一見何事もなく平穏な日常が映し出されている。
場面は変わり、暗い部屋の中で1人の男が椅子に腰掛けている。フラッシュバックで様々な撮影シーンが流れていく。低くうめき声が響きわたる。
再び明るい事務所、雑然と置かれる雑誌。ディレクタの板倉は電話で仕事の話をしている。
椅子に腰掛けた男。番組の回想シーンがめまぐるしく流れていく。
「ああ、常盤さん。」
廊下で手を上げて挨拶をするカメラマンの千石。
「ああ、どうも。」
返事を返す脚本家の常磐。
廊下が白から黒に曇っていく。低く響く男の声。サブリミナル効果のように流れる写真。
「あ、吉田さん。」
階段の上から現れたのは番組の進行役の吹越。
「あ、吹越さん。お早うございます。」
同じく、番組で聞き手役を演じている吉田が階段の踊り場から上を見上げた。
回想シーンが流れる。低い男のうめき声。
「第3調整室」と書かれた部屋の前にその番組のスタッフが集まってきた。彼らが部屋に入ると、そこには事件の跡が待ち構えていた。信じられない惨劇に彼らは驚愕し、身動きが取れなくなった。暗い部屋で椅子に腰掛けたまま、プロデューサは死んでいた。赤い光が彼を静かに覆っていた。
彼の後ろにはモニタが4つ横一列に並んでいる。それぞれが番組のワンシーンを映していたが、左から3番目だけが白く何も表示されていない。台本が机の上に開かれていて、その上からナイフが突き刺さっている。
悲鳴を挙げ、吉田に抱きつく板倉。
常磐はカチャカチャとワープロを叩き鳴らしている。吉田は黙ってそれを眺めている。テーブルの上には番組で使われた写真が並べられている。千石は静かに周りを見ている。部屋の奥にいる吹越は手を前で組みながら黙って時の移り変わりを待っている。
ガチャリ。部屋の静寂を破ったのは、1人遅れて入ってきた板倉だった。吹越がドアの方にそっと目を配った。
部屋には男女5人だけがいた。そう、誰もが「容疑者」だった。
「あ、板倉さん。警察はなんて?」
「あなたたちは?」
無言のままの男たち。
「ディレクタの仕事と、プロデューサとの人間関係を聞かれたわ。」
「何もしてないのにしつこく聞くんだ、アイツら。」
「ふふ、千石さんはキャメラマンだからいいですよ。」
皮肉交じりに常盤が話し始めた。
「え?」
「それに吹越さんと吉田さんも出演者だし、ディレクタの指示と台本通りの仕事でしょう?脚本書いてきた僕なんか、警察にプロデューサ殺しのシナリオまで書くと思われている。」
「あの...プロデューサは私たちが作った番組の最終回とそっくりに、しかも番組で使ったのと同じナイフで殺されていたんですよね。わかんないなぁ、犯人はどうしてそんなことをしたんだろう?どうしてその現場に『最終回を見ろ』なんていうメッセージを残したんだろうなぁ。」
「多分、この殺人事件は怨恨でも何でもないのよ。」
「犯人がその犯人探しを僕たちに仕掛けたゲームなんですよ。」
「ゲーム?」
「人を殺すのが?」
「どう思います?」
常磐は吹越に意見を求める。
「僕もそう思います。犯人は最終回の中に自分を教えるヒントがあるようなメッセージを残している。その犯人探しのゲームが終わるまで犯人は自分以外の容疑者たちを見て楽しんでいる。」
| Photographer | 千石 敦 | Writer | 常磐 俊一 | Navigator | 吹越 満 | 吉田 朝 | ||||
森に囲まれた芝生にテーブルと椅子が置かれ、そこに紅茶を飲みながらたたずむ吹越。そこに吉田が現れる。
彼らは挨拶もそこそこに議論を始める。
吹越は1枚の写真を取り出し、物語を説明する。
そこにはテーブルの前に無数のローソクが並び、その奥にソファに腰掛け息絶えた男が写っていた。
女が自分のギャラリの中で宗教画を鑑賞している。女はその中の1つの絵の前にしばし足を止めた。その絵の中には女と瓜二つの女が描かれていた。
場面は変わり、喫茶店で女2人が話をしている。
N:それまでと打って変わった信士の態度に不審を抱いた葉子は思いあぐねて、姉の香織に相談することにしたんだ。
「浮気のこと...代わりに信士さんに確かめてくれない?」
双子の姉の香織はちょうどギャラリの絵画と同じ服装をしている。
「いいわよ。今夜でも会って聞いて上げる。」
その夜、何者かがギャラリに忍び込んできた。部屋には絵が3つ横一列で飾られている。しかし、左2つと右1つの間にはもう1枚の絵が飾れる分だけのスペースが空いている。まるで左から3番目だけ絵が取り外されたかのように。
ゴトッ、侵入者の男は意図せず音を立ててしまった。
「誰?」
物音で部屋に侵入者がいることに気付いた女。女に男の影が近付いていく。
身の危険を感じた女はソファの影に縮こまって隠れる。男は女を探しながら、そこへ近付いていく。
ハンカチを手に握りしめ恐怖に耐える女。
男は大きなローソクを手に持って、それを明かりにして部屋の中を進んでいく。
女はテーブルの前にナイフが置いてあることにふと気付いた。急いでそれを手に取る。
女はナイフを振りかざした。
ソファに腰掛けたまま男が死んでいる。男の前のテーブルの上に置かれた雑誌の上にナイフが乗っていた。
「なるほど。そういうことですか。」
「犯人が分かったのかい?」
「もちろんですよ。」
「じゃ、君の推理を聞かせてもらおうか。」
「物語は葉子と信士の関係がこじれ、殺人事件が起こったように展開しますが、実は葉子の双子の姉・香織も含めた三角関係が原因の物語だったのではないでしょうか。」
「ほう、興味深い。」
「そこで信士は深夜にこっそり葉子のギャラリにやって来て殺害しようとする。しかし逆に葉子の反撃に遭い、殺されてしまった。」
「それでは何故信士の死体は演出されていたのか?
喫茶店で香織は左手で、葉子は右手でコーヒーを飲んでいた。」
「それが何か?」
「香織は左利きだった。」
「左利き?」
吹越は手帳から、ナイフを振りかざす女の写真を取り出した。
「事件があった夜、ギャラリで女が何者かの影に怯えてナイフを握っている写真だ。犯行が起こった夜、ギャラリーにいたのは左利きの女だ。」
「そうか...」
「犯人は香織だった。」
「しかし、どうして香織は信士を殺したんです?」
「葉子を犯人に仕立てたかったんだよ。香織は幼い頃から自分がもう1人いることに堪えられなかった。自分はもう1人の自分・葉子より優秀なはずである、それを証明してみたい、と香織はいつも思っていたんだ。自分の優位性を何らかの形で知らしめたかったんだよ。だから、殺人事件に到るまでのゲームを仕掛けて、それに翻弄される相手を見て優れた自分を確認していた。」
「全ては犯人が仕掛けたゲームだったんですね。」
「そうなんだ。全ては犯人のアイデンティティが仕掛けたゲームだったんだよ。自分を誇示したいという欲求は誰にでもある。自分が優れていると思っている人間なら誰でもね。」
「でも、優位性を示すのに殺人とは...」
吉田はTrapを把握できても、犯人の心情は全く理解ができなかった。
「殺人だからこそ...殺人だからこそ、人は仕掛けられた謎を解こうと懸命に考えるんだ。人が懸命に考えてくれればくれるほど仕掛けた側の優越感は高揚していくんだ。」
吹越はあたかも犯人の心情を代弁をするかのように答えた。
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番組の最終回をVTRで確認した後、板倉は再び議論を始めた。
「番組では犯人を特定する証拠は左利きだったわね。」
「そう言えば、左利きの人がいましたよね。」
吉田の一言で全員の冷ややかな視線が常磐に注がれた。
「ちょっと待って下さいよ。」
「常盤さん、左利きだったの?」
「そ、そうだけど、そ、それだけで犯人にされちゃうわけですか?じゃ、ストーリーは?最終回のストーリーだって犯人を特定するヒントになるんじゃないですか?」
「どういうこと?」
「最終回の事件は女2人と男1人の三角関係の物語でしょう。三角関係がキーワードだったら、殺されたプロデューサと板倉さん、そして吉田さんの関係になるんじゃ...」
「誤解ですよ!」
吉田は必死にそれを否定した。彼は殺人犯として疑われたことより、板倉との関係を問われたことの方に抵抗を示した。
「確かに何回か会ったけど、それは仕事の相談でですよ。そ、それは吹越さんも知ってるし、一緒のときだってあったんだ。」
「そうなんですか?」
「それは...常盤さんの誤解でしょ。」
「それよりも最終回の死体の脇にあったナイフですよ。殺害現場では台本を刺していたナイフが、番組では雑誌の『P』を指していた。この『P』に何か意味があるんじゃないですか?」
「台本にはそんな指示はないよ。」
「『P』はプロデューサの『P』じゃないですか?」
全員の感嘆の息が漏れる。
「なるほどね。犯人はあのシーンの撮影のとき既にプロデューサの殺害を予告していたんだ。ということは...」
「俺がやったって言うんですか?確かにあの写真は俺が撮ったけど、あのナイフはライトが反射して、なかなかうまく撮れなかったんだ。だから、何ヶ所か移動させて何枚かの写真を撮った。あの写真はそのうちの1枚で、実際は『P』を指していない写真だってあったんだ。」
「それじゃ、最終的にはディレクタがあの写真を選んだんですね?」
「あれは死体がいちばんきれいに写ってたから選んだのよ。私は千石さんに指示なんてしなかった。」
「写真は偶然だったんだ。俺の写真が怪しいと言うんだったら...吹越さん、あなたがセリフを勝手に変えたことはどうなるんです?」
「僕が?」
「そういえばそうだ。それは僕も気付いてた。僕は台本に『全ては彼女が自分の能力を』と書いたのに、あなたは『全ては犯人が』と言い変えた。どうしてです?聞きようによっちゃ、それこそ吹越さんからの犯行の予告と取れないこともない。」
「間違えたんですよ。」
「間違えた?いつもはセリフを間違えないあなたが?」
「いや、ついつられたと言った方がいいかもしれないですね。僕の前の吉田さんのセリフは確か『犯人が』になってたんじゃないですか?思わずそれにつられたんですよ。板倉さん、知ってますよね。」
「知ってた?知ってたんですか?!」
「撮影の時間もなかったから、あれでOKしたんです。」
「あなたはいつもそうなんだ。勝手にセリフを変えて、僕には一言の報告もない!」
常磐は激高した。
「...今までのヒントで犯人が分かるんですか?」
「誰かが嘘を言ってなければね。」皮肉混じりに常磐が言う。
「どうして俺を見るんだよ。」
「見てませんよ。」
しばし黙る面々。
「...ヒントは他にもあるはずだわ。もし、犯人が最終回の主人公のような人物だとしたら、どこかに犯人を証明するようなヒントがあるはずよ。もしかしたら、番組と同じようにプロデューサの殺害現場にあるのかしら?」
「殺害現場?」
「プロデューサは番組とそっくりに殺されていたんだから、その現場を比べてみれば...書いてみるわ。」
板倉はホワイトボードに現場の構図を描き始める。
「番組では絵画が3枚掛かってましたよ。」
「現場にはモニタがあったんじゃないですか?」
「そうか、犯人はその構図を似せるためにわざわざ4つあったモニタの3番目を消して残り3つだけをつけておいたんだ。」
「3つのモニタに映っていたVTRは?」
「最終回が1つと...」
「第9話の『翻訳』の回と、確か...第13話の『中小路家の惨劇』でした。」
「『翻訳』は主人公は洋書のミステリを翻訳するとその内容通りの事件が身の回りに起きていく、という物語だった。」
「あれは登場人物全員が犯人だったという話だから、ストーリーは犯人のヒントにならないんじゃないんですか?」
「『中小路家の惨劇』は遺産相続争いの中での連続殺人の話だったし。」
「だけど、ちなみに台本を書いた私の記憶によれば、『中小路家』の犯人はディレクタという職業でしたけどね。」
「ディレクタ?」
「それが犯人が現場に残した自分のヒントなんだ。」
「でも、もしそれがヒントだとしたら、犯人はどうしてわざわざ最終回を見るようにメッセージを残したの?もう1つのVTRの『翻訳』は?あれにはヒントは、な...」
突然はじかれたように、板倉は黙った。
「なるほどねぇ。そういうことだったのか。」
常盤も板倉と同時にそのことに気付いた。
「そういうこと?」
「どういうことです?」
「今こうやって話していることがまんまと犯人のゲームに参加していることなのよ。」
「そうか、僕たちそれぞれの容疑が一度きれいに犯人が書いたゲームのシナリオ通りに一巡したんだ。」
「なんて奴なんだ。」
「ホントに最終回の主人公みたい。」
「自分の楽しみに殺人まで犯して自分の思い通りにゲームを展開しているんですよ。」
「でも、平然としてここにいるソイツが誰なのか、僕にはもうだいたいの検討がつきましたよ。」
不敵な笑みを浮かべる常盤。
「だ、誰なんです?」
「...どうして...俺はやっていない。」
皆の視線が千石に注がれる。
「俺はやってない!」
半狂乱に怯える千石。
「落ち着いた方がいいですよ、千石さん。そうじゃないとあなたが犯人にされてしまいますよ。」
吹越の言葉でようやく千石は落ち着きを取り戻した。
「...そうね。千石さんだけじゃなくて、あたしたち全員にアリバイはないわ。」
「始めからもう1度考えてみませんか?」
吉田は話を立て直した。
「もしかしたら、3つの映像こそが犯人のヒントかもしれない。『中小路家の惨劇』と『翻訳』...」
「『翻訳』がキーワードになってて、何かを翻訳するのかもしれないわ。」
「番組のタイトルとか?」
「うん、『中小路家』の英題は"After The
Dark"と"Before The Dark"。それと最終回は"Between
The Man" 。」
「"Between The Man"?」
「どうかしたんですか?」
「"Between The Man"って映画のタイトルにありますよ。『2つの世界の男』っていうキャロル・リードの昔のサスペンス映画。」
「キャロル・リード?あの『第三の男』の監督の?」
「『第三の男』?『第三の男』がヒントなんですか?」
「『第三の男』ねぇ...」
「"Between The Man"...常盤さん。」
「え?」
「このタイトルを付けるとき、分かりにくいって反対した私のことを、どうしてもって押し切りましたよね。あれはどうして?」
「三角関係の話だったし、他にいいタイトルを思いつかなかったからですよ。やだな、どうしてそんなことで僕が疑われなければ...」
(まただ。またゲームが始まってる。)
(そういえば、確かにまたスタートラインに戻ってる。)
(誰かが...誰かが嘘を言っている...)
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