| Photographer | 渡邉 力 | Writer | 岡本 秀達 | Navigator | 吹越 満 | 吉田 朝 | ||||
木々に覆われた庭園で吹越は紅茶に口をつけた。夏の盛りも過ぎ、秋の訪れが少しずつ感じられてきていた。そこへ吉田が清々しい顔で登場する。
「過ごしやすい季節になりましたね。」
ティーカップをテーブルに置いて、吹越は話し始める。
「季節の変わり目は人を安心させ、そして油断させる。」
「なるほど。」
口元に笑みを浮かべる吉田。
「じゃ、Trapを始めようか。」
「お願いします。」
「人間は極限状況下に置かれると、異常な精神状態になるものだ。」
「ええ。いつもなら正常に機能する頭脳も、そういう状況下では精神に破綻を来してしまう。」
「いつ敵に遭遇するかもしれない、いつ銃撃されるかもしれない、そんな戦場こそ現代人を極限状態に落とし込む唯一の状況なのかもしれない。」
「確かに。兵士たちの精神状態は想像を絶するものなんでしょうね。」
「そんな状態に加えて、敵だけではなく味方からも命を狙われているとしたら...」
吉田に緊張の顔が現れる。
「今回のTrapは、1人の男が極限状況下の戦場で味方の誰に殺されるのか、それを推理してもらいたい。」
「面白そうだ。」
吹越は手帳から写真を取り出す。銃を構える主人公の兵士の白黒写真だ。
「自分を狙っているのは敵だけではない。唯一心を許せるはずの味方からも自分は狙われている。物語はベトナム戦争下の草原で地雷を撤去することから始まる。」
爆破によりほとんど倒壊しかかった建屋。かろうじて屋根が崩れ落ちるのだけは免れていたが、それも燃えさかる火の手によってまもなく焼き尽くされてしまうだろう。そんな崩れた瓦礫の中に日本人兵士が1人、どこに潜んでいるかもわからぬ敵に備え、周りを伺っている。
N:この地獄にやって来て3年が経つ。始めの頃は自分が誰で何をやってるのか...そんな人間的な疑問を抱くときもあった。しかし、この地獄はそんな感覚も徐々に失わせてしまう何かがあり、目に見えない何かが確かに住んでいる。
密林の中。鳥たちの鳴き声や羽ばたつ音が鳴り響いた。日本軍の小隊が銃を構えながら道なき道を進んでいる。
N:俺が傭兵としてベトナムに来たとき、戦況はこんなには悪くはなかった。しかし、ベトコンの予想以上の抵抗でジリジリと連合軍は後退していった。我々の部隊にも一時撤退の指令が下った。撤退路確保のため、近藤隊長以下、土方中尉、沖田軍曹、そして俺、坂本の4人はこの先にあるという地雷原の地雷を撤去する任務に就いた。
「この付近からベトコンの占領下に入る。みんな、気をつけろ。」
近藤が周りを見渡しながら命令した。
「おい、腰抜け。お前はいちばんケツだ。」
土方は補足するかのように坂本に命令した。
「...はい。」
弱々しく返事をする坂本。
「草むらには気をつけろよ、腰抜け。」
冷笑する土方。
N:密林でヤツらは必ず後ろからやってくる。我々を発見してもヤツらはすぐには襲ってこない。いったんやり過ごしてから、狩りをするように後ろから我々を襲うのである。つまり、いちばん後方に位置するということは、いちばん危険にさらされてるということを意味している。土方のヤツ...
坂本は土方の悪意に怒りを感じた。
N:俺が警戒しなければならないのは敵ばかりではない。俺の前方を歩いているアイツらも...
ダダダダダ。そのとき、坂本を目掛けて前方からマシンガンが撃たれた。すんでのところでよける坂本。
「どうした、沖田?」
近藤は辺りを警戒をしながら小声で問いかける。
「草むらに人影が走ったような気がして。」
沖田は顔をこわばらせ、銃を構えたまま答えた。
「草むら?本当か?」
N:違う!沖田はベトコンを撃ったのではない。俺を、俺を狙ったんだ。アイツはまだ俺を恨んでいる...
坂本は沖田との確執を思い起した。それはまだ戦争が始まる前の日本での出来事だった。
N:沖田と俺は日本にいたときからの知り合いだった。その頃の沖田は今のように残忍な性格ではなかった。どちらかというと内向的でおとなしいタイプの男だった。しかし、1人の女性の出現が彼の人生を狂わす結果となる。相沢良子、彼女との出会い、それがなければ、きっと俺も沖田もこのベトナムにはいない。
喫茶店で3人の男女がテーブルを囲んで座っていた。
「どういうことだよ?」
厳しい口調で問いただす沖田。
「沖田...すまん。実は...」
口が重たく進まない坂本。良子は続けるように語り始めた。
「私には...好きな人がいるんです。沖田さん...ごめんなさい...」
沖田は坂本をにらめつけた。
「貴様だな...友達面して、相談に乗るだけ乗って...馬鹿にしやがって!」
「沖田...」
「坂本、いつか復讐してやるからな。必ず...」
N:確かに俺は沖田を裏切った。その後、沖田は日本を離れたと聞いている。ベトナムで沖田に再会するなんて...まさか、沖田は俺を追ってベトナムに?
「ここが例の草原か...」
「始めるぞ。」
小隊は匍匐前進で進む。先頭を行く近藤の前に地雷が横たわっていた。
「全員迂回、迂回せよ。」
土方、沖田、坂本の前にも地雷は待ち受けていた。ナイフを手に持ち、1つ1つ撤去する部隊の面々。
近藤は再び地雷を眼前に発見する。彼は後続に地雷があったことを知らせようと手をかざした。しかし...
N:いったん手を挙げかけてやめた?どうして?
「坂本、急げ!」
小さい声で近藤は坂本に命令を下す。
N:随分遅れている。まさか、近藤は地雷を見逃した?
「坂本、間隔を乱すな!急げ!」
N:きっとそうだ。近藤は地雷をわざと見逃して、俺を殺そうとしているに違いない。この状況なら俺だけを殺れる...
そのとき、坂本の脳裏に回想が流れた。
「坂本、貴様!」
近藤の怒号が飛ぶ。
「坂本、貴様!」
近藤は銃口を坂本の眼前に突き出し詰め寄っていた。
「今の我々の状況がわかってんのか?!」
N:1年ほど前、俺と近藤はメコン川上流の村で周囲をベトコンに包囲され、孤立状態に陥ったことがある。救援隊が来るまであと2日。我々の精神状態は極限に達していた。あと2日、俺たちには限りなく遠い時間に感じられた。
「待て!おい、おい、押さえろ!」
現地民の少女を追い立てる近藤。その手は逃げまどっていた少女をついに捕えた。
近藤を始めとする3人の男たちは少女を無理矢理横に押し倒した。
そこからやや離れた位置で、坂本は何もすることができず、ただ呆然と眺めているだけだった。
しかし、目の前で繰り広げられている犯罪に対する嫌悪感から彼は頭を押さえ込んだ。
「お、お願いだ...やめてくれ...やめてくれよ...やめて...」
だが、坂本の弱々しい声はかすれて聞こえない。
「坂本、何か言ったか?」
近藤はさして気にも留めていない。
少女は必死に抵抗したが、男たちの腕力の前にはほとんど無力だった。
恍惚の表情の近藤。呆然と立ちつくすままの坂本。
「やめろ...」
依然弱々しい坂本の声。
「坂本、いいぞ。たまらんぞ。」
少女は辱めに堪えきれず、舌を噛み切り、自害した。
だが、近藤たちは少女が死んだことにも気が付かないように行為を続けていた。
「坂本、お前もやるか?へ、この腰抜けが。何にもできんのか。」
参加しない坂本を馬鹿にして嘲る近藤。
「やめろ、貴様!」
坂本の鬱積した感情は怒りとなり、ついに爆発した。坂本は上官である近藤につかみかかる。
「軍法会議に掛けてやる!」
「何だと?!坂本、貴様!」
「早く来んか!」
坂本の回想は近藤の怒声で再び現実へと戻ってきた。
N:確かに俺たちは精神的に極限に達していた。ベトコンの攻撃は熾烈を極め、あと2日、48時間余りの時間が俺たちには堪えられなかった。あのことが軍にバレればヤツは...
「坂本!」
N:...早く来い。
坂本の目には近藤がそうつぶやいているように映った。近藤の口元に不適な笑みがこぼれていたからである。
坂本の目の前には、ベトコンの仕掛けた地雷につながる細い紐が張ったままだった。
地雷を何とかかき分け、隊についていく坂本。その背後から土方が追いすがってくる。
N:近藤、沖田だけでなく、土方も俺を狙っている...あの事件が土方に殺意を抱かせた。2週間前のあの事件が...
それは夜間のことだった。敵の来襲がなかったにも関わらず、火薬庫が突如爆発した。
「気をつけろ!まだ誘爆するかもしれないぞ!」
いち早く危険に気付いたのは土方であった。
「早くここから離れろ!早く、早く逃げろ!」
皆を誘導する土方。
爆発騒動は原因不明だったが、取り敢えず一段落を迎えた。
火を囲み野営する中、土方と坂本の2人だけがその場に居合わせた。
「土方さん。」
「あぁん?」
坂本を見下した口調の土方。
「岡田は、岡田は死んだんでしょうね。」
「あの爆発じゃなぁ。」
「土方さんにとっては都合がいい。」
「坂本、人聞きの悪いこと言うな。」
「俺、俺見たんです。」
「何を。」
「土方さんが爆発の直前、火薬庫から飛び出してくるのを。」
「何かの見間違えだろ。」
吐き捨てるように言う土方。
「いつもいつも土方さんは岡田と金のことでもめていた。特に昨日の口論はひどかった。」
「坂本!」
話が核心触れ始め、土方は坂本を無視できなくなり、怒鳴ることで口を封じようと試みた。
しかし、坂本は毅然とした態度で続ける。
「野営場に響きわたるほど、大きな声で罵りあっていた。『殺す』とまであなたは叫んでいた。」
「坂本!」
「そしたらこの事件だ。それも立入禁止の火薬庫からあなたは飛び出してきた。」
「坂本、貴様!」
N:俺は3人から狙われている。俺は殺される。俺は...
「おい、腰抜け。何やってる。」
土方が坂本にまさに迫り寄せたときのことだった。
「土方、その周辺は気をつけろ!」
背後を振り返った近藤は血相を変えて注意する。
近藤が見逃した罠が、坂本を通り越して土方の眼前に迫っていた。
「はぁ、危ねぇ、危ねぇ。」
N:やっぱり...近藤のヤツ!
坂本は近藤を睨み付けた。
「坂本が常に敵からも味方からも狙われていた。」
「3人とも坂本を殺す動機があるんですね。」吉田は腕組みをしながら、白い皿を眺めている。
「彼らは戦場という完全犯罪が可能な場所で坂本を殺そうと考えていたんだ。」
「銃撃では他の兵士に疑われるから完全犯罪は難しい。だから近藤は地雷で坂本を殺そうとした。密林で沖田がベトコンと間違えたと偽って坂本を銃殺しようとした。その前に土方が坂本を部隊のいちばん後ろにしたのも作為的なものを感じる。」
「そうさ。」
「しかし、全て偶然、未遂に終わっている。この後はどうなるんです?」
ニヤリと笑う吉田。
「まぁ、そう焦らないで。そんなに人が殺されるのが楽しみなのかい?」
「え、いや...」
吹越にたしなめられて、吉田は少し狼狽する。
「とにかく、いったんティーブレイクとしよう。」
「ええ。」
頷く吉田に、吹越は紅茶を注いだ。
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