#18. 真夏に悪い夢を見る  Nightmare

Photographer 山本 正弘   Writer 平岡 秀章   Navigator 吹越 満   吉田 朝

【ストーリー・前編】

吹越は庭園の新緑を見つめながら紅茶を口にした。吉田が静かに現れ、ゆっくりと椅子に腰掛けた。2人は木々を長めなら、しばし黙ったままでいた。
吹越が静かに語り始めた。
「しかし、こんなとき思い出す夏の記憶というのは何故どれも子供の頃のことなんだろう?」
「誰でも、特に夏休みの記憶は特別鮮明に覚えているものですよ。」
「夏の日差しは子供の心に影を落とす。」
「不思議な体験をさせます。」
「こんな話を知っているだろう。『夏休みの学校には子供だけに見える何かが住みついている。』」
「誰もいない学校は日常と現実がほんの少し歪んだ場所になる覚えがあります。」
吹越は1枚の写真をスッと取り出した。それは小学校の校舎だった。
「そこで体験することは全て事実。子供にとって、自分が感じたものは確かにこの世に存在するものになるんだ。」
「純粋さとは実にやっかいなものです。」
「そう。そうして夏の子供は真昼に悪い夢を見る。」

 





 

(...まだやられたいのか?...)
夏休みの小学校。校庭、教室、廊下、手洗い場。昼間だが、どこにも人影は見られない。
(...まだやられたいのか?...)

そんな中、校庭に小学生2人だけがいた。眼鏡を掛けた博と坊主頭の明である。
「明、いいこと、秘密教えてあげようか。5組のバイキンさ、転校するらしいって。」
「ええー?あの気持ちわりぃ奴?いいじゃん、いなくなって。アイツ、くせぇし、学校だってきれいになるよ。」
「でもバイキンさ、自分をイジメた奴全員に夏休み中に仕返しするって言ってるらしいぜ。」
「何それ?バカじゃないの?今度会ったらぶっ殺す。」
「うん。」
2人は小学生の男の子らしく、ちょっと毒づいた軽口を叩いていた。

2人は誰もいない体育館に潜り込んだ。体育館倉庫には跳び箱などの器具が所狭しと置かれている。
「勝手に入って先生に見つかったら怒られるよぅ。」
「探検みたいで面白いじゃん。」
「...明、何か臭くない?」
博が何か異常に気付き、鼻をクンクンと鳴らした。何げに手を置いていた跳び箱の段の隙間から人の手がはみ出ていた。
2人はいちばん上の段を外してみた。そこにはうずくまる1人の女の死体が入っていた。
「死んでる!」
「逃げろ!」
2人は慌ててそこから走り出した。体育館を抜け出し、校庭の半ばまで出てきた彼らは、ふと校舎を見上げた。3階の4年3組の教室には白い服を着た人影が映っていた。
「お、おい。明、見ろよ!」
「アイツだ。あの跳び箱の中の死体だ。フタを開けたから生き返ったんだ。」
見間違いだったのだろうか、もう1度教室を見つめ直したときには、その白い影は跡形もなく消え去っていた。2人は怖くなって学校の門を出ようとした。しかし、そこには大人の女が1人立っていた。
「こらっ!勝手に学校に入っちゃダメでしょ!」

2人は保健室に連れられていった。博は逃げる際に転んで膝に擦り傷を作っていた。大人は保健の職員の寺山だった。
「勝手に入っちゃ違反なの知ってて、学校で何してたの?」
傷の手当をしながら寺山が話しかけた。博は何故か保健室に入ってから怪訝な顔をしている。
「先生、今校舎の中にいました?」
「いないわよ。校舎の中には勝手には誰も入れないでしょう?ここの鍵だけは、緊急用に私は持ってるけど。誰もいるはずないわ。」
「でも、さっき...」
「ダメだ、しゃべっちゃ!」明が慌てて止めに入った。
「何?どうしたの?」
口を紡ぎかけたが、ここまで話しては引っ込みがつかない。明は仕方なく話すことにした。
「僕たち、さっき体育館倉庫で死体を見付けたんだ。」
「死体?」
「さっき校舎にいた奴だよ、きっと。」
「バカ、死んでたんだぞ。何で動くんだよ。」
「きっと死体を見付けたから、僕たちのことを追っかけてきたんだ。」
「待って、何嘘言ってるの?いい加減にしなさい。」
「ホントです。」
2人は再び黙り込んだが、まだ何か言いたげだ。寺山はもう一度問いただした。
「じゃ、何があったのか、最初から全部話してみなさい。」
2人は自分たちが見たことを最初から説明した。
「...で、さっきその死体が立っているのを見たと。そういうわけ?
ふざけるのもいい加減にしなさい。2人で先生を騙そうとしているの?」

「でも、さっきは校舎に...」
「本当に誰かいた。」
寺山は子供たちが話をやめようとしないことを悟り、話の切り口を変えた。
「わかった。じゃあいい。お返しに涼しくなる話をしてあげる。ちゃんと聞きなさい。」


寺山の話は子供たちの頭の中に、具体的なイメージを思い浮かび上がらせる。
N;前にこの学校に来たばかりときに他の先生が教えてくれた話なの。この学校にはね、お化けが出るの。昔この学校に1人のイジメられっ子がいたの...

「バイキン学校来るな!バイキン学校来るな!」
1人の少女が教室の後ろに置いてある掃除用のロッカーを箒で何回も叩き付けていた。
N:その生徒は普通の女の子だったんだけど、ずっーとクラスのみんなから嫌われていたの。
「バイキン学校来るな!バイキン学校来るな!」
N:みんなその子が話しかけるどころか、肩が触れただけでも大騒ぎするほどひどいイジメだったらしいの。それも先生たちが全く気付かなかったところで毎日続いたの。
箒でしばらく打ち続けた後、イジメの主犯格の少女はロッカーを開ける。ロッカーの中には1人の少女がうずくまっていた。
彼女は下唇をキュッと噛み締め、下からキッとした目つきでそのイジメていた少女をにらみつけた。
N:ある日、その女の子があんまりのイジメに耐えかねてこう言ったの。

「ここにいる全員絶対仕返ししてやる!忘れさせないから!」
N:その子、次の日の朝、教室で自殺をしたの。
黒板にはチョークで一面に文字が書かれていた。



死ね!このクラス全員死ね


一生のろってやる


教壇の下でその少女は手首を切り、倒れ込んでいた。
N:いちばんに登校した生徒が見付けて助かったんだけど、結局その子は病院にずっと入院したまま。その後の噂じゃ、学校に来なくなって、病院を転々として、最後の病室で教室で失敗したのと同じ格好で自殺したらしいわ。


博と明は肩を寄せ合い、心底この話を怖がっていた。彼らにはこれを単なる怪談と受け入れられない理由があった。
「...それからこの学校にはお化けを見掛ける人は何人も出たの。ある生徒は朝登校前の時間に、ある先生は下校時間を過ぎた廊下で見たらしいわ。」
寺山は震えた少年2人に、今度は優しい声で諭した。
「...いい?だからお化けなんて嘘言ってたらホントにその子が出てきちゃうから。
クラスの子イジメたりしちゃダメよ。」
「バイキンみたい...」
「何?」
「小林芳子...」
「バイキンって何?あなたたち、小林さんって子に何かしたの?」
「バイキンも仕返しするって言ってた。」
「あなたたち...」
「全員に仕返しするって...」

 





 

「あれは亡霊だよ。」
「そんな、Trapとしてはアンフェアでしょう。それじゃ謎解きもできない。」
「いや、ミステリのルールはちゃんとふまえてるよ。結末への伏線は既に提示されている。」
「あれは誰なのか?つまり、それが犯人なんですね。」吉田は白いダイアル式の電話機を腕組みしながら見ている。
「今回は一字一句間違えずに答えてくれたまえ。でなければTrapの醍醐味がない。」
「わかりました。」
「それにこの後、子供たちはもっと例の亡霊に近付くことになる。」
「だから、それは現実の人物なんですよね。」
「ま、その前に熱い紅茶だ。」
身を前に乗り出した吉田は、機先を制じられてふっと苦笑した。


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