#16. 虚像の殺人  Five Little Indians

Photographer 戸張 隆宏   Writer 高山 直也   Navigator 吹越 満   吉田 朝

【ストーリー・前編】

心地よい風の吹く日、吹越は庭園でいつものように紅茶を飲んでいる。やがて吉田が現れた。
「お待たせしました。」
「やあ。」
早速、吹越は今日の話を切り出した。
「君はいつかの山荘殺人事件を覚えているかい?」

「あの6人目の人間がいたというTrapですか。」
「あのとき君は事件の核心にあともう一歩というところまで迫っていながら、結局真相を解き明かすには到らなかった。」
「ええ、残念ながらね。」吉田は憮然と答える。
「そこでだ。今日はそんな君にために雪辱戦を用意したんだが、やってみるかい?」
「願ってもないことです。」身を乗り出す吉田。
吹越は写真を使って説明を始めた。
「登場人物は全部で6人。いちばん年齢が上で医者の中内。いちばん気の荒い塚本。穏和な山野。マドンナ的存在の美奈子。そして短気な村井。
人里離れ、下界から隔絶された別荘地で彼らを巡る殺人事件が起こる。君には彼らの中の1人、カメラマンの山野勲の残した数枚のスナップを手掛かりに...」

「『犯人を捜してもらいたい。』、違いますか?」
「うん、その通り。」
吹越は更に1枚写真を提示した。それはベッドの上で髪を振り乱し、悶え苦しむ1人の女の死体であった。右手には薬の瓶を持ち、「ITAMATI AYA」のキーホルダのついた鍵が傍らに落ちていた。
「それじゃまず第一の被害者だ。彼女の名前は板町綾。別荘について3日後に死んだ。死因は血管拡張剤の多量服用によるショック死。おそらく常用する栄養剤と思って飲んだんだろう。つまり何者かがビンの中身をすり替えたわけだ。物語は彼女の死後、生き残った5人が試みた逃避行から始まる。
『ここにはいられない。ここにいれば、また犠牲者が出る。今度は自分かもしれない。ここにいては...』」






陽も傾き掛けた昼下がり、うっそうと茂る森の中、5人の男女は道に迷い途方に暮れていた。
「チックショウ、またここか。」村井はいらだちの言葉を吐き捨てた。
「どうしたんだよ。さっきからもう2回も同じ場所を歩いてるよ。」山野もつられてつぶやく。
「迷っちゃったの?」それまで黙ってついてきた美奈子だが、不安な心情を隠すことはもうできなかった。

N:彼ら5人には歩いて街に辿り着く方法しか下界にことの次第を伝えるすべはなかった。唯一の通信手段である電話器も何者かの手によって破壊されいていたし、街から迎えが来るのはあと3日も先のことだったからだ。その上、板町綾を殺した人物がこの中にいるのは間違いない。まさしく彼らは疑心暗鬼に陥りながら不吉なる予感に震えていた。次なる犠牲者になるのは誰か。

「この分だと今日中に街まで行けそうにないな。」
「ああ、そろそろ夜になる。もう別荘に戻った方がいいかもしれないな。」
「冗談じゃない。戻ってどうしようってんだ。」塚本は断固として反対した。
「待つんだよ、あと3日。そうすれば迎えがやってくる。」中内はボソリと言った。
「そんなことして、この先生にみすみすチャンスを与えてやるつもりか?今度は俺たちが殺されるかもしれないんだぞ!」
「私に対して変な言いがかりはやめたまえ!」憤る中内。
「言いがかり?冗談じゃない。綾はあんたの毒薬で殺されたんだ!」
「あれは毒薬なんかじゃない!狭心症の発作に用いる血管拡張剤で使い方さえ間違えなければ決して危険なものじゃない。医学的知識を持つ人間なら誰でも知ってる常識だよ。」
「だけど、あんた以外にそんな人間がいるのか?」
険悪な空気を山野が2人の間に入り、止めにかかった。
「とにかく、言い争っていてもしょうがないだろ。このまま先へ進むか、それとも別荘へ戻るか。」
「うん、多数決で決めよう。」
「あ、雨。」
決を取るまでもなかった。次第に強くなる雨に、彼らは引き返さざるを得なかったのである。

別荘に戻る頃には日は完全に暮れいていた。一同は別荘の広間で濡れた体を乾かすこととなった。
「すると中内先生、薬が盗まれたのは一昨日の午後10:00から彼女が死んだ夕べの午前2:30までの間ということになりますね。」
「ああ、ずっと薬の入ったカバンはこの広間に置いてあったからね。」
「そうか、誰にでもチャンスがあったわけだ。」
「俺はやってないぞ。」
「それはどうかな。お前だってこの別荘にいる以上、容疑者ってことになるんだぜ。」
「なんだと、村井?お前、俺が犯人だっていうのか?」
「否定する証拠はあるのかよ?」
「俺は犯人じゃない。」
「それは誰だって同じ意見だよ。」
「山野、貴様まで。」
「やめて!これ以上大声出さないで。」美奈子はこの緊迫した空気に堪えられず、逆にヒステリックに叫びたてた。
「私、もう誰も信じないから。」

「賢明だな。俺もあんたらに殺されるのはごめんだよ。」美奈子の言葉で塚本はやや冷静さを取り戻したが、周りへの不信感だけはぬぐい去れなかった。
「一人になる方が危険だとは思わんのかね。」
「来るなら来てみろ。俺はこう見えても空手は黒帯だ。返り討ちにしてやる。」
皆が説得したが、塚本と美奈子は聞く耳を持たず、各自の部屋にそれぞれ戻った。
「処置なしだな。」
「うん。先生はどうします?」
「当然ここに残るよ。寝首を掻かれたくはないからね。」

N:広間には中内亮介、村井秀安、山野勲の3人だけが残った。恐怖と不安が時間に溶け込み過ぎていく。ゆっくりと、ゆっくりと。午後11時...
突然の停電で辺りは全く見えなくなった。驚き慌てふためく3人。
「おい、どうした?停電か?」
「わからない。」
「誰かそこにいるのか?」
「とにかく、灯りを。」
「ああ。」
ライターで火を灯し、薄暗いがかろうじて周りがわかるようになった。
「まさか誰かが?」
「まさか。」
「ブレーカーかな?」
「そうかもしれない。」
「ちょっと見てこよう。」
「おい、待て!下手に動かない方がいいんじゃないか。」
「だけどこのまま朝まで過ごすわけに行かないだろ。」
「ああ。」
「手分けしてブレーカーを探そう。」
「よし。」
「ああ。」
ライターの灯でブレーカーを探す。中内は1人で、村井と山野は2人でそれぞれ行動した。
「暗くてよく見えないな。」
「あ、確か玄関ホールに懐中電灯があったはずだ。取ってくる。」
「ああ。」
村井は山野と別れ、一人で玄関へ向かった。

場面は変わり、美奈子の部屋の中。目を覚まし、時計を見る美奈子。
ドアの下から薄く明かりが差し込んでいる。彼女のデジタル時計は「11:1」と表示している。
ガタン、隣の部屋でドアが閉まる音が聞こえた。そして廊下を歩く足音が聞こえ、遠ざかっていった。

懐中電灯を照らし、ようやくブレーカーを見付けた山野と村井。
「どうだ。わかるか?」
「ああ。ブレーカーが落ちただけだ。」
部屋に再び電灯がともった。

N:その後午前1時過ぎに山野が、明け方4時過ぎに村井がトイレに立った以外、3人はまんじりともせずに互いの挙動を監視しながら夜を明かした。

夜が明け、小鳥のさえずりが聞こえ始めた。
「おはよう。」低い声で美奈子がすまなそうな声で挨拶をした。
「おはよう。」
3人も徹夜明けのためか声が低く元気がない。ちょうど朝食を取っている最中のことだった。
「夕べはごめんなさい。取り乱しちゃったみたいで。」
「無理もないよ。あんなことがあった後だからな。」
「気にすることないって。」
「わたしもコーヒーもらっていいですか?」
「どうぞ。毒入りだがね。」中内のジョークはあまりにも場にそぐわなく、誰も笑わない。
「大丈夫だよ。ちゃんと3人で監視していたから。」
「タチの悪い冗談だ。」
「あれ、塚本さんは一緒じゃないの?」
「え?」
「だって夕べ部屋から出ていったから。」
「見たのか?」
「うん。だって塚本さんの部屋のドアが閉まる音聞いたもん。トイレかと思ったけど、戻って来なかったから私てっきりみんなと一緒かと思って。」
「ま、まさか?」
高鳴る緊張感。駆け出す3人。

N:第2の被害者は塚本幸男。おそらく眠っているところを襲われたのだ。現場にはほとんど抵抗のあとは見られなかった。自慢の空手も冷酷な殺人者の前では何の役にも立たなかったようだ。美奈子の証言から、彼が殺害されたのは午後11時前後と判断された。
殺害されたときに壊れたとおぼしき時計の針は11:10を差していた。

山野、村井、美奈子の3人は中内に詰め寄った。
「馬鹿な。断じて私じゃない。どうして彼女が嘘を言ってないとわかる?もしかしたら犯人は彼女かもしれないじゃないか。」
「中内先生、あなたも現場は見たでしょう。」
「彼女に塚本を一撃で殺せるだけの力があるはずないじゃないですか。」
「その通り。しかも相手は空手の有段者だ。とてもじゃないけど美奈子に殺せるわけがない。」
「なら君たちはどうなんだ?あの停電のときずっと一緒にいたわけじゃないだろう。」
「ええ、確かに。だけどそれは懐中電灯を取りに戻った1、2分のことで。」
「じゃあ、その後はどうだ?」
「僕も村井もトイレに行くために広間を出ました。しかしそれは午前1時と4時のことで彼女の言った11時頃ではない。」
「とすると...」
「残念ながら先生。」
「あのとき塚本を殺せたのはあなただけということになります。」
「馬鹿な。」
山野と村井は力ずくで中内を取り押さえ、縛り上げた。
「申し訳ないですけど、俺たちも生き残るためですから。」
「信じてくれ、俺は本当に殺しちゃいない。」
「警察が来たら、出してあげますよ。」
中内は後ろで手を縛られ、別荘の一室に監禁されることとなった。
「さてと、鍵をどうするかだな。」
誰も部屋を開けることができないようにするため、鍵は手の出せないところに保管することになった。
山野の上に村井が肩車で乗って広間のシャンデリアのつかに鍵を置いた。
「よし、これであの鍵を取るには少なくとも2人が協力しなければダメなわけだ。」
「ああ。どうやら、今夜は安心して眠れそうだな。」
「だけど本当に大丈夫なの?」美奈子はまだ不安げである。
「心配ないって。」

再び日が暮れた。しかし、殺人犯・中内を捕らえたことにより、3人は安心して夕食後の歓談を迎えていた。
「へー、でも何でまたロシア語なんて専攻しようと思ったの?」
「彼氏がロシア人とか。」
「まさか。」
「なら、どうして?」
「私6歳の頃まで父の仕事の関係で向こうに住んでいたから。」
「へー、じゃペラペラなんだ。」
「ううん。ほとんど忘れちゃった。だってもう14年も昔のことだから。」
「ってことは、あ、50年生まれ?」
「49年。49年の4月26日生まれ。」
ガタン。外から戸が閉まるような大きな音が響きわたった。
「大丈夫。風の音だよ。」
「だけど...」
「怖がることないって。」
「なんだか私、今夜も眠れそうにないな。」
「気分が高ぶってるからね。」
「精神安定剤でも飲むといいよ。それくらいならあいつのカバンに入ってるだろう。」
山野は中内のカバンを探ると一つのビンを出した。
「はい。」
「ありがとう。」
「それを飲んで、今夜はぐっすりと眠るといい。」

N:全てが終わったかのように思えた。誰もが邪悪なる殺人者を封じ込めることができたと思っていた。しかし、更なる犠牲者は生まれたのである

美奈子の寝室、殺人者は再び牙をむいた。美奈子は抵抗虚しく、その手に落ちたのである。
山野と村井が駆けつけたとき、美奈子の心臓にはナイフが突き刺さったままだった。
そして彼女の右手にはハンカチが握りしめられていた。そのハンカチには何か文字のようなものが書かれていた。
「『RN』?」
「Ryosuke Nakauchi!」






「3人目の被害者・内藤美奈子はハンカチに手掛かりとなるダイイングメッセージを残して息絶えた。」
「なるほど。全ての手掛かりは医者の中内亮介が犯人であること示しているわけですね。」
「ああ。特に第2の塚本幸男殺しに関して、アリバイはまさに動かしがたいものとなっている。」
「果たしてそうでしょうかね。犯人は内藤美奈子の思いこみに助けられた部分があるんじゃないでしょうか。」
「というと?」
「あのとき、山野勲と村井秀安は犯行を成し遂げるための時間的に余裕がなかったということで容疑者の範疇から除外されたわけですが。」
「いかにも。」
「もし内藤美奈子が見た影が犯人のものではなく、塚本本人だったらどうでしょうか。塚本は何かの理由で部屋を出た。そして内藤美奈子はその翌日に塚本が殺されたのを知って、それを犯人だと思い込んだ。」
吉田はインクのビンを腕組みしながら見ている。
「つまり君はこう言いたいのかな。懐中電灯を取りに戻った村井は偶然塚本に出くわして、これ幸いとばかりに彼を殺した。そしてその後、トイレに立つ振りをして塚本の死体を彼の部屋に運び、そこを犯行現場に偽装した。」
「違いますか?」
「あり得ないことではないけど、しかし内藤美奈子のダイイングメッセージはどう解釈する?」
「あれは村井が目眩ましのために偽装した血文字に過ぎない。」
「しかし、彼女の指には血痕が付着していた。」
「それも偽装行為だった。」
「殺害時に偽装行為をしている時間はなかったはずだし、時間差で偽装するにも血痕は固まっていたはずだ。彼女が書いたものと考えるのが自然だろうね。君は今非常に重要な点に触れていながら仕掛けられたTrapに惑わされてしまった。ま、続きを話す前にもう一杯どうだい?」
「いただきましょ。」


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