#13. 中小路家の惨劇@  After The Dark

Photographer 根本 忠   Writer 岡本 秀達   Navigator 吹越 満   吉田 朝

【ストーリー・前編】

庭園では小雨が降っていた。しかし、吹越はいつもと変わらず紅茶を悠然と飲む。そして、吉田もまた変わらぬいでたちで登場する。
「生憎の天気ですが、もうすっかり夏ですね。」
「ああ。」
「夏は頭の回転を鈍らせる。」
「じゃあ、今日のTrapは休みにするかい?」
「いやぁ、とんでもない。こんなときだからこそTrapで頭の回転をいつも通りに保ちたいと思ってます。」
「そうか。じゃあ、Trapを始めよう。」
「お願いします。」
「ミステリには様々なパターンがある。僕が今まで話した中にもミステリの代表的なパターンはいくつかあった。」
「確かに。孤立した状況で起きた山荘での殺人事件、2重人格もののサイコスリラー、双子が絡んだミステリ。いろいろありました。」
「そんなミステリの定番の中でも、今回は奇妙な殺され方をする連続殺人ものを用意した。」
「面白そうですね。」
「この物語は数年間に渡って起こった事件だ。そのため、2回に分けて君に話そうと思う。」
「壮大な殺人事件なんですね。」

吹越は数枚の写真を取り出し、1枚1枚並べながら説明する。
「遺産を中心に6人の男女の間で連続殺人が起こる。誰もが殺せる状況にいた。誰もが殺される状況にいた。そして、誰もが動機を持っていた。動機の強さが今回のTrapを解く重要なポイントとなる。惨劇は突然彼らを襲う。いったい今度は誰が殺されるのか。
物語は1人のTVレポータの謎の死から始まる。」

 





 

N:中小路綾は初めてのTV生中継に出演するため幾分緊張していた。
関係者の話だと緊張していた以外に、このときの綾に特に変化は見られなかったという。
「綾さん、緊張してるね。」
「ええ、少し。」
「大丈夫。僕は綾さんが臨場感あふれるレポートをしてくれると信じてる。」
「そうね。頑張るわ。」
「そのいきだ。最終確認だけど、米軍の将校は拳銃をこめかみに当てて、引き金を引いたらしい。さっき綾さんが米軍兵から借りた拳銃で、その様子を再現して欲しい。拳銃の安全は確かめたよね。」

「あ、ええ。」

N:綾は中小路家の長女だった。中小路家というのは当主・信一郎が一代で財を成した資産家だった。家を巡る古いしきたりと中小路の骨肉の人間関係に堪えられなくなった綾は3年前に中小路家から飛び出していたんだ。
「でも、綾さんが僕を訪ねて来たときはビックリしたよ。」
「頼れる人が他にいなくて...」
綾はすまなそうに言う。
「迷惑だったわけじゃないんだ。中小路家が嫌になって飛び出したのに、あそこにいた僕を訪ねてきたことにビックリしたんだよ。」

N:TVディレクタの達也もまた中小路家で幼い頃に生活をしている。達也の父は中小路信一郎の無二の親友で事業をともにする仲だった。
しかし、達也の父は若くして病死してしまう。路頭に迷った達也は、中小路信一郎に引き取られることになったんだ。

「あまり緊張しないように。綾さんを実の姉のように慕っている香も見ているんだから。思い切ってやってみて。」
「うん、頑張る。」

N:このとき綾の胸に去来するものは何だったのだろうか。今となってはそれを知るすべはない。彼女を襲う惨劇は何千万の人々が見守る中起こった。
「本番30秒前。」
米軍基地の入り口前に綾は立ち、生放送に向けてスタンバイが始まった。
「本番10秒前。8、7、6、5秒前。4、3、...」
生放送がついに始まった。
「1993年初夏、米軍の将校が謎の死を遂げました。今日はここ横須賀基地で起きたその米軍将校の謎をレポートします。」

同時刻、中小路家で香はTVでその生中継を眺めていた。

「何故彼は自殺をしなければならなかったのか。彼を自殺に追い立てたのはいったい何だったのか。関係者は重く口を閉ざしています。」

虚ろなまなざしで綾を眺める香。

「ただ、わかっていることは彼が米軍の最高機密の関係者で秘密の任務に就いていたことです。」
綾はこめかみに銃を当てた。
「彼はこの拳銃と同じもので昨夜未明、自らの手で自らの頭を撃ち抜いたのです。」
そこで綾は銃の引き金を引いた。
バンッ!予期せぬ音が鳴り響いた。綾はそのままはじかれて倒れ込んだ。彼女の銃には実弾が装填されていたのである。

TVで中継を眺めていた香もその異変に驚き、目を剥いた。

綾の頭からドクドクと血が溢れ出てきた。誰が見ても即死であることは明らかだった。
N:この彼女の死があの凄惨な惨劇のきっかけになろうとこのとき誰が予想しできただろうか。


N:綾の死は中小路家に大きな波紋を投げかけた。古いしきたりを重んじ、外部者を拒み続けた歴史を持つ中小路家にとって、マスコミが興味本位で報道する綾の事件は歓迎すべきものではなかったんだ。
しかし、そんなマスコミの報道以外に中小路家には大きな問題が浮かび上がる。それは数十億とも言われる中小路家の財産相続に関する問題だった。当主・信一郎は存命中であったが、既に1年前に財産分与は行っていた。中小路信一郎には3人の子供がいた。病弱な上に数年前交通事故に遭い、車椅子の生活を余儀なくされていた長男の宏。芯のしっかりしている長女の綾。いつまでもブラブラしている次男の隼人。その3人の子供に均等に財産は分与されるはずだった。しかし、綾の死がその配分を狂わせたんだ。


中小路家の大広間では、当主・信一郎の前に子供たちが集まり、一列に座している。
N:3人の兄弟の他にこの日中小路家に集められたのは、幼い頃信一郎に引き取られた達也、達也と一緒に引き取られた彼の2人の妹・亮子と香だけだった。現在では女子大に入ったばかりの香だけが中小路家で暮らしている。

「みんな、集まったのか?」
「はい、中小路家にまつわる者は全員集まりました。」
「お兄ちゃん、宏兄ちゃんは気分が悪いってお部屋で休んでるわ。綾姉ちゃんはまだ来てないけど...」
香のしゃべり方は、舌足らずでまるで幼い子供のようだ。
「香、綾姉ちゃんは死んじゃったのよ。」亮子は静かに妹を諭した。
「亮子。」達也は亮子を制した。
「何言ってるの?綾姉ちゃんはもうじき来るもーん。」
「だから...」
「亮子!」
「そうそう。綾姉ちゃんはもうじき来るもんな、香ちゃん。」
信一郎は子供をあやすように、香と同じ幼児言葉で話した。
「へー、1年前のあの事件以来おかしくなっちゃったのか。無理もないけど。あんな事件目の当たりにしたら誰でも狂っちゃうよな。」
隼人はわざとおどけた口調に、侮蔑の冷笑を加えた。
「隼人さん、言い過ぎじゃないの!」
亮子は抗議する。
「親父が家のメンツだけ考えて、殺人事件が起こったのに警察にも届けず、隠し通したからバチでも当たったんじゃないの?」
「隼人、黙れ!わしは一代でこの家を築いた。」
「その話は聞き飽きたよ。」
「黙れ!財産相続のときだけにしか戻ってこんくせに。」
「あたし、宏兄ちゃんのところに行ってくる。ずーっと車椅子に乗っていると退屈だもんね。」
香は2人の口論も気に止めず、そう言って場から離れた。
「可哀想に。」
しかし、隼人の口調は相変わらずだ。
「隼人さん!いい加減にして下さい。」
「あんただって思ってんじゃないの?あの事件さえ解決してれば、姉貴だって死ななかったんじゃないかって。」
「じゃあ、隼人さんは綾さんが誰かに殺されたって言うの?」

「可能性はあるんじゃないの?職場が一緒だった達也なんか十分にね。」
「き、貴様!」
そこまでじっと黙って我慢していた達也もその言葉には我慢の限界だった。
「いい加減にして!綾さんは自分で引き金を引いたのよ。TVの生中継中に。誰が考えたって自殺に決まってるわ。」
「あの事件の犯人ならやりかねない。あんな醜い殺し方を平気でやれるアイツならね。」


彼らは否応なしにその忌まわしき事件を思い起こされた。いや、忘れたくても忘れることなど決してできないことだ。
N:1年前のあの事件とは、この日と同じようにじっとりと雨が降る続く夜に起こった出来事だった。財産の生前分与が最初に行われたその夜、この屋敷で1人の男が殺された。
ローソク立てを持ち、女が階段を降りる。そして、その部屋に入る。
「イヤーッ!」
女の悲鳴が雷鳴の音をも消し去るかのように響き渡った。
N:死因は絞殺。美しい死に顔だったという。外部から誰かが進入したのか、窓ガラスが割られていた。しかし、事件当夜屋敷の中にいた人間たちは誰もが思っていた。犯人はこの屋敷にいる誰かだと。
しかし、中小路家を襲ったこの惨劇は信一郎の強い意志で警察には届けられなかった。彼は自分が築き上げたこの家が興味本位でマスコミに取り上げられるのを嫌ったのである。


遺産相続会議のその日の晩、亮子と達也、隼人は各々の部屋に戻るところであった。
「今でも気になっていることがあるんだけど、あのときの花びら...」
「あのとき?」
「1年前の事件のことよ。」
「ああ...」
「あの花びらにはどんな意味があったのかしら?意味もなくあんな悪ふざけをしたとは考えられないでしょう?」
「か、考えすぎだよ。」
「犯人は中小路家を恨んでいたんだよ。」
隼人は昼間とは別人のように冷静につぶやいた。
「中小路家の家紋であり、お袋がこよなく愛したあの花を死体に撒き散らすことで中小路家に復讐したかったのさ。」
「隼人君、それはどうかな?」
「え?」
「中小路家に恨みのある人物が犯人だと見せかけるカモフラージュだったとも言える。」
「何だと?」
「もういい!死体を最初に発見した香の悲鳴が今にも聞こえそう。割れたガラスを見るたびに思い出すの。」
「まぁ、何を考えたんだか。犯人に聞いてみたいもんだ。意外と近くにいたりしてねぇ。」

隼人は再び、憎まれ口を叩いた。
「隼人さん...」

 





 

「中小路家は呪われた一族かもしれない。次々に人が死んでいくんだからね。」
「今までの話に長男の宏が登場しないのが気になるんですが。」
「彼は数年前に交通事故に遭い、車椅子での生活を送っていた。そんな宏の世話をしていたのが香だったんだよ。彼女の献身振りは宏を愛する現れでもあったんだ。」
「香は宏ばかりでなく綾をも愛していたんですね。だから綾の死が現実のことだとは信じられなかった。」
「その通り。」
「この程度でお話は終わらないんですよね。」
「もちろん。」
「1年前の惨劇で殺されたのは誰だったんです?」吉田は腕組みをして赤い色のヨーヨーを見ている。
「それは話を続けていけば簡単にわかるさ。話を続けよう。」
吉田はじっと考えごとをしながら、一呼吸おいて答えた。
「ええ。」
「この夜、屋敷にいた人々は一様に考えていた。もしかしたら誰かが綾の事故を引き起こして、もう一度この屋敷に全員を集めたのではないか。だとすれば、また誰かが殺されるかもしれない。もしかしたら自分かも。そんな恐怖の中、彼らは一夜を過ごすことになる。」

 





 

N:誰もが胸騒ぎの中、嵐の夜を過ごしていた。降り続く雨が彼らにそう感じさせたのかもしれない。しかし、その予感は皮肉にも現実のものになる。

中小路家の人々はそれぞれの部屋で時を過ごしていた。鏡の前で考えごとをする亮子。本を読む達也。鏡の前で虚ろな目で自分を見つめる香。布団の中で熟睡する信一郎。自慢の長髪を手ですく隼人。そして、廊下を歩く何者かの影。ローソク立てを持ち、暗い廊下を進んでいく。

コンコン、部屋をノックする音が響いた。
「お兄ちゃん。」
「どうした?」
「隣の隼人さんの部屋から変な音が聞こえたの。その後何の音も聞こえなんだけど。1年前のことがあるでしょ。私怖くて...」

「本当に聞こえたんだな。」
「イヤーッ!」
そのとき2階から女の悲鳴が聞こえた。
「どうしたんだ?」
駆け下りる達也と亮子。
ドアを開けると、そこには凄惨な事件の跡が待っていた。ベッドの上に死体、その脇に呆然と座り込む香がいた。

N:タイムスリップしたかのように2階の隼人の部屋は1年前の惨劇が再現されていた。あの惨劇と同じように死体には無数の花びらがばらまかれていた。死因は鋭利な刃物での刺殺だった。
しかし、隼人の死体は1年前の惨劇と微妙に違っていた。それは死体の顔が誰かわからないほど殴られていたということだった。屋敷のドア、窓には全て鍵が掛かっていた。もちろん外部からの侵入者の形跡はない。誰もが殺せる状況にいた。犯人はやはりこの中にいる、彼らは改めてそう考えていた。



翌朝、達也と亮子は中小路家を後にして、香と別れるところであった。
「大丈夫だよ、香。もう、あんなことは起こらないから。」
「綾姉ちゃん、遅いねぇ。」
「香...」
亮子は妹を見て、それ以上何も言えなかった。


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